普通の冒険者、突然にエンカウントする
スキレットの中身全て平らげ、残りのパンで油の一滴まで堪能したウィルたちは、後片付けついでに食後のお茶を楽しんでいた。
「ねえ、兄さん」
両手でカップを持ってまだ湯気の立っているお茶を舐めるように飲んでいるメイプルが、天を仰ぎながら話を切り出す。
「この場所、何だか変だと思いませんか?」
「変……」
話を振られたウィルは、首をぐるりと巡らせて周囲を見渡してみる。
チチチ、と小鳥のさえずりが聞こえる泉は、穏やかに降り注ぐ光と、肌を撫でる風が心地よく、とても穏やかな気分にさせてくれる。
「そうか? 魔物の気配や、狼や熊といった危険な野生動物の姿も見えないし、休憩場所としては最高の場所だと思うけど」
「そう、最高なんです!」
ウィルの言葉に、メイプルは身を乗り出して興奮したようにまくし立てる。
「綺麗な空気に水、森の中でここだけ不自然に明るくて心地よいのに、野生動物の姿が極端に少ないと思いませんか?」
「……確かに」
これだけ好条件が揃っているのに、小鳥や虫の姿はあっても、他の獣の姿が見えないというのは気になる。
「まあ、俺たちがたまたま獣がいない時間に来ただけというのもあるんじゃないのか? 多くの獣は夜行性なわけだし」
「う~ん……そうだとしても、周囲が綺麗過ぎると思うんです」
まだ納得いかないのか、メイプルは近くのコケをそっと撫でて首を捻る。
「コケも踏み荒らされた様子もないし、侵入を拒む結界があるわけでもない……魔力の流れも綺麗だし……だとしたら考えられるのは…………ブツブツ」
「……考えるのはいいけど、忘れ物だけはしないでくれよ」
すっかり自分の世界に浸っているメイプルの様子を見て嘆息したウィルは、後片付けをしている仲間たちのもとへと戻っていった。
それから黙々と仲間たちと後片付けを進め、
「火の始末よし、ゴミもなし」
指差し確認をしながら来た時よりも綺麗なっていることを確認したウィルは、そろそろ出発の号令をかけようとする。
すると、
「兄さん!」
自分の世界に浸っていたメイプルが、青い顔をしてやって来る。
「急いでここから移動しましょう。今すぐ!」
「何かわかったのか?」
「ええ、私の見立てが正しければここには……」
メイプルが何かを告げようとすると、ウィルたちの頭上にサッと影が差す。
「んっ?」
空が雲にでも覆われたのかと思ってウィルが顔を上げると、上空から巨大な影が高速で迫って来て、数メートル手前で何かに激突したかのように火花を散らす。
「うぉっ!」
突然の事態にウィルが驚いて飛び退くが、迫って来た巨影は追撃することなく、現れた時と同じように空へ高速で去っていく。
「びっ……くりした。あれは何だ?」
「グリフォンです! 今の攻撃は追加で張った結界が守ってくれましたが、それもあっさりと破られました」
盾を構えて身構えるウィルに、メイプルが自分の顔より大きな羽を差し出す。
「あっちの木の下にグリフォンの羽が落ちてました。そしてこれが近くに動物や魔物がいなかった理由です」
「なるほど……グリフォンか」
黄金色に輝く鷲の頭に、白くたくましい獣の四肢を持つグリフォンは、遥か上空からいきなり襲い掛かってきて人は勿論、馬や牛といった大型の家畜ですら前脚の巨大なかぎ爪で易々と運び去る非常に危険な魔物だ。
その圧倒的な強さから空の王者という異名を持つグリフォンは、出会ったら最後、冒険者たちの間ではとにかく出会わないように祈るしかないと言われていた。
「マズったな。グリフォンの縄張りだったから他の動物がいなかったのか」
ガシガシと頭を掻いたウィルは、上空で大きく旋回している巨大な影を睨む。
「こうして見つかった以上、そう簡単には逃がしてくれないだろうな」
「ひょっ……ひょっとしたら、速やかにここから出ていったら見逃してくれるかも?」
「そう思いたいけど、そういう希望的観測は趣味じゃないな」
パーティーのリーダーとして、常に最悪の事態を想定して動くことを念頭に置いているウィルは、素早く頭を巡らせて仲間たちに指示を出す。
「とにかくランドさんたちを安全な場所に逃がすのを最優先にします。俺とメイプル、ロウガさんはここに残って囮を、ロゼとリーリエさんは一刻も早く脱出を!」
「それについては心配ありませんわ」
「こっちはもう逃げる準備は万端だぜ」
ウィルが指示を出すまでもなく、事態を察した二人の女性によって、ランド一家は既に馬車の中に収まっている。
「に、兄さん……」
馬車を出すように指示を出そうとすると、メイプルがウィルの裾を引っ張りながら話しかけて来る。
「その……私も残らないとダメですか?」
「ああ、メイプルの補助魔法がないとグリフォンの攻撃を防ぐことはおそらく無理だからな……どうした。怖いのか?」
「…………はい」
ウィルの質問に、メイプルは素直に頷く。
「冒険者になってまだ一年未満の私に、グリフォンの相手なんて……さっきから怖くて、ほら……」
そう言ってメイプルは、ガタガタと震えている手を掲げる。
「兄さん、逃げるなら皆で逃げましょう。皆がいてくれたら、私もきっと頑張れますから」
「そうか……」
メイプルの提案に、ウィルは少し考える素振りを見せるが、
「悪いけど、それは受けられない」
すぐさま彼女の提案を却下する。
「メイプル、俺たちはクエストを達成することで存在意義が生まれる冒険者だ。今回の俺たちが受けたクエストは何だ?」
「ランドさん一家を、無事に目的地まで護衛する」
「そうだ。だから俺たちは、ランドさん一家を守るために全力を尽くすんだ。そこに冒険者としてのキャリアなんか関係ない。ベテランも新人も等しく命を賭けるんだ」
ウィルはメイプルの震える手を両手で包み込むと、彼女の目を真っ直ぐ見据える。
「大丈夫、これは皆が生き延びるための最善手だ。メイプルは安全な場所で、俺に援護だけしてくれればいい」
「援護……だけ?」
「そうだ。後は俺とロウガさんで何とかするから、それならできるだろ?」
「…………うん」
「よしっ!」
不安そうなメイプルを無理矢理納得させたウィルは、御者台の上で手綱を握っているリーリエに向かって叫ぶ。
「行ってください!」
「ええ、後は任せますわ」
リーリエは大きく頷いて手綱を振るい、馬に走り出すように命令を飛ばす。
大きく足を振り上げていなないた二頭の馬は、上空を舞う巨大な影におそれることなく猛然と駆け出した。




