普通の冒険者、とっておきの肉を食べる
提供されたグリフォンの肉はかなりの量があったが、腹ペコの冒険者五人にかかれば、なくなるのは時間の問題だった。
「おっ、綺麗に食べてくれて嬉しいね」
ウィルたちが出された肉を食べ終えるタイミングで、店主が追加の皿をもって現れる。
「さあ、これが兄ちゃんたちのために用意したとっておきの一品だ」
「こ、これが……」
次に出されたのは、最初と比べるやや小ぶりの肉だった。
石窯で焦げ目がつくまでこんがりと焼かれた下半身の肉とは違い、蒸し焼きにされたのか表面は綺麗な白色をしている。
「この部位はちとデリケートでな。低温でじっくり焼くのがコツなんだ」
「へぇ……」
ほくほくと立ち込める湯気を見ながら、ウィルは店主に最も気になっていることを尋ねる。
「それで……これもグリフォンの肉なんですよね?」
「ああ、こいつはこれまでとはちょっと違う特別な肉なんだぜ」
興味津々といった様子で肉を眺めるウィルに、店主は肉の説明を始める。
「こいつはグリフォンの中でもほんのわずかにしか取れない部位なんだよ……見てみな」
そう言って店主は、肉の塊の両端を指差す。
「よく見ればわかるけど、こっちとこっちで肉の質が違うんだ」
「どれどれ……あっ、本当だ。えっ、ということはまさか?」
「おう、そのまさかよ」
驚きで目を見開くウィルに、店主は大きく頷いて見せる。
「こいつはグリフォンの鳥の上半身と、獅子の下半身の境目の肉だ。本来なら領主様、王族といった身分に献上される超が付くほどの貴重部位だ」
「えっ……マ、マジですか!?」
王族という単語に、しがない庶民でしかないウィルは震えながら店主を見る。
「そ、そんな貴重な肉を、俺たちがいただいていいんですか?」
「いいも何も、それが俺たちの総意だよ」
恐縮するウィルに、酒場の店主は大きく頷く。
「グリフォンという脅威をこんな少ない被害で退けられたのは、兄ちゃんの頑張りがデカいってな。だから、これは俺たち料理人からできる最大限の感謝のしるしなんだ。なあ?」
そう言って店主が店内の人間に声をかけると、全員が賛同するように手にしたジョッキを掲げる。
「というわけだ。上の連中には皆で黙っておくし、食べちまったら証拠も何も残らないからな。だから遠慮せず食べてくれ」
「わ、わかりました……」
このまま逡巡して、せっかくの料理が冷めたらもったいないと、ウィルは覚悟してナイフとフォークを手にする。
「それでは、失礼して……」
ゴクリ、と喉を鳴らしたウィルは、震える手で肉へとナイフを走らせる。
「うわ、柔らかい……」
グリフォンの下半身の肉の時とは違い、音もなくスッと入る手応えに驚きながらも、ウィルはナイフで肉を一口サイズに切る。
「油が……輝いている」
ランタンの明かりを受けてキラキラと眩い光を放つ肉を、ウィルはおそるおそる口にする。
「――っ!?」
「に、兄さん!?」
肉を一口食べた途端、手で顔を覆って俯くウィルを見て、メイプルが慌てたように駆け寄る。
「ど、どうしたのですか? まさか、おいしくなかったとか?」
「いや……」
「いや?」
「おいしすぎるんだ」
頭に疑問符を浮かべるメイプルに、ウィルは頬が落ちていないかを確かめるように両手で支えながら笑う。
「肉、油、そして滴り落ちる肉汁の全てがうまいんだ……とてつもなく」
「お、おいしいのですか?」
おそるおそる尋ねるメイプルに、ウィルは大きく頷く。
「こんなおいしい肉があったなんて信じられないよ。特に肉汁が凄いんだ。濃厚で……甘いんだ」
「甘い?」
「うん、といってもスイーツのような甘さじゃない。肉のうまさを引き立てる甘さなんだよ……ハハハ、何だよこれ」
もう笑うしかないと声を上げるウィルを見て、メイプルは困惑したように仲間たちの顔を見る。
「まあ、なんだ。物は試しだ。ワシ等もご相伴にあずかろうではないか」
「だな」
「ですわね」
一番手はウィルに譲ったものの、彼のパーティーメンバーは基本的においしいものに目がない。
我先にと手を伸ばして希少部位の肉を食べたロウガたちは、
「むほほ、こいつは……」
「ハハハ、何だよこりゃ」
「フフッ、これは思わず笑ってしまいますわね」
全員が揃って笑みを浮かべてうっとりとした表情になる。
「そ、そんなに……」
仲間たちの初めて見るような表情に、メイプルは自分も試したくなって肉へと手を伸ばす。
「わぁ、こんなに簡単に切れるなんて……」
切るのに殆ど力はいらないのに、フォークで刺しても全く型崩れしない肉を不思議に思いながら、メイプルはそっと口を開けて肉を頬張る。
「こ、これは…………ウフフ」
とろけるような笑みを浮かべたメイプルは、軽く咀嚼して肉を飲みこむと、はしたないと思いながらも口を大きく開ける。
「食べたと思ったのに、あっという間に溶けてなくなっちゃいました。こんな柔らかくておいしいお肉、生まれて初めて食べました」
「ああ、本当に……本当に食べるのがもったいないね」
五人で少しずつ食べたので、肉はもう残り僅かになってしまっている。
全員が一度は希少部位を食べたのを確認したウィルは、仲間たちの顔を見渡して問いかける。
「さて、この残りのお肉だけど……どうする?」
「そんなの……」
「決まっていますわ」
ロゼが当然だと謂わんばかりに頷くと、肉が乗った皿をウィルに差し出す。
「リーダー、この残りの肉を使ってとっておきのシメの料理を作ってくれ」
「こんな特別な食材が目の前にあるんですもの」
「ウィルならさらに凄い料理に昇華してくれるじゃろ?」
「兄さん、任せました」
「皆……」
仲間たちからの厚い信頼の眼差しを受けて、断る理由などない。
「わかった。とびきりのシメを作ってみせるよ」
ウィルは勢い良く立ち上がると、店主に厨房を貸してもらうように申し出た。




