普通の冒険者の今日の晩餐
「さて……」
茜色に染まった空の下、焚き火の前に集まった全員を見渡したウィルは、大きく頷いてワインの入った木製のジョッキを手に持つ。
「皆、お疲れ様。今日も明日に備えてしっかり食べて、たらふく飲もう」
ウィルが「いただきます」と言ってジョッキを掲げると、仲間たちも後に続いてジョッキを掲げ、夕餉の時間がはじまる。
「あの……ウィルさん」
冒険者たちが我先にと出来上がった料理に手を伸ばす中、隅の方で恐縮した様子のランドが手を上げる。
「私たち家族も、ご相伴にあずかってよろしいのでしょうか?」
「勿論です。旅の食事は皆でおいしく食べたほうがよりおいしくなるんですよ」
そう言ってニコリと笑ったウィルは、深い皿に盛りつけた料理をランドと彼の家族たちへ差し出す。
「コッコトリスを米、野菜と一緒に炊いた特製のコッコトリスライスです。熱いので、気を付けて食べて下さいね」
「あっ、は、はい……」
差し出された器を受け取ったランドは、ほくほくと湯気が立ち登る器の中を見る。
そこにはふっくら炊きあげられたご飯の上に、しっとりと柔らかくなったコッコトリスの肉と色とりどりの野菜がたっぷり入っていた。
「これが、あの巨大な魔物の……」
コッコトリスの姿を思い出して思わず青ざめるランドであったが、続いてやって来た食欲をそそる匂いに腹が空腹を訴え、口内が唾液で溢れる。
「……ごくり」
魔物の脅威を知ったが、それを上回る空腹と好奇心にあっさり負けたランドは、木製のスプーンでコッコトリスの肉を掬って口の中に放る。
「こ、これは!?」
不安だったランドの表情が、一瞬にして笑顔に変わる。
しっかりと煮込まれたコッコトリスの肉は、歯で軽く嚙むと糸を解くようにホロホロと崩れ、奥からたっぷりと旨味を内包した肉汁が溢れて出てくる。
「な、なんて柔らかくておいしい肉なんだ……」
大きく目を見開いて何度も頷いたランドは、今度は肉と一緒に煮込まれた米を野菜と合わせて頬張る。
「う~ん……」
コッコトリスの肉から染み出した旨味と、野菜の出汁をたっぷり吸収した米のおいしさに、ランドは眦を下げてうっとりと蕩ける様な表情になる。
「ああ、温まる……ほら、お前たちも、こんなおいしい料理、滅多に食べられないから今食べないと後悔するよ」
魔物の肉と聞いて躊躇している家族たちであったが、父親からの説得におそるおそる料理に口をつけていく。
「――っ!? おいしい!」
「こんなにおいしいお肉、初めて食べた」
「はぐ……はぐ……はぐ!」
よほどおいしかったのか、夢中になって料理を平らげていく妻と二人の息子を見ながら、ランドは自分の分の皿に料理をよそっているウィルに話しかける。
「ウィルさん、ありがとうございます。まさかこんな森の中でこんなおいしい料理が食べられるなんて思いもしませんでした」
「普通なら冒険者ギルドご用達の携行食になりますからね」
「はい、実は旅立つ前に一つ食べてみたのですが……」
「ハハハ、あれは長期保存と栄養補給が最優先で、味などは二の次ですからね」
思わず渋い顔になるランドを見て、ウィルはクスリと笑みを零す。
「実は俺、将来は料理人になりたかったんです」
「そうなんですか!? でも、どうして冒険者に?」
「簡潔に言えば金ですね。ご存知の通り、やりたいことをするためには金が必要ですから」
ウィルは肩を竦めて自嘲気味に笑う。
「俺が住んでいた田舎では、どう転んでも料理人なんかになれませんでしたからね。かといって、町に出たところで働き口なんて早々に見つからない」
「そう……ですね。市中で職に就くためには、何かと伝手が必要ですからね」
積極的に移民を受け入れている町にでも行かない限り、働き口なんてものはそう簡単には見つからない。
唯一の例外は、お呼びとあればどこにでも駆けつけ、何でもする冒険者というわけだ。
「まあ、そんなわけで冒険者になった俺は、旅人の護衛を主にやっています」
「それは報酬がいいからですか?」
「いえいえ、ダンジョン探索や魔物退治に比べれば報酬は安いです。ただ、護衛クエストには他にはない特別な報酬があるんです」
「ああ、なるほど」
深皿を掲げてニヤリと笑うウィルを見て、ランドは得心がいったように頷く。
「旅をすれば、各地の様々なおいしいものが食べられるからですね」
「そういうことです。後は冒険者ギルドで販売している携行食に不満があったので、独立する前にどうにかしたいという想いもあります」
「なるほど……携行食の味を知った今なら、ウィルさんの考えに大いに賛同できます」
「ハハハ、ありがとうございます。実はウチのパーティーは、携行食をおいしくするという野望のために結成したんです」
ウィルの言葉に、彼の仲間たちが同意するように手にした器を掲げる。
「残念ながらまだ見合う食材には出会えていませんが、世界中を旅して、誰もが笑顔になれるような携行食が作れたらと思っています」
「それは……とても素晴らしい考えです」
コッコトリスのチキンライスを食べ終え、ニジマスの香草焼きを食べたランドは、何度も頷きながらニコリと笑う。
「残念ながら私の店は衣料品がメインで食材を扱うことはありませんが、ウィルさんの夢のために何かできることがあれば、遠慮なくお申し付けくださいね」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「約束ですよ? その時は私も一枚、嚙ませていただきたいですから」
商人らしい本音を吐露したランドは、ウィルのジョッキにワインを注いで自分のジョッキを掲げる。
「さあ、ウィルさん。未来のために乾杯しましょう」
「おっとと、ハハッ……乾杯」
強引にジョッキを合わせて来る商魂たくましいランドに苦笑しながら、ウィルはようやく自分で作った料理を口にする。
「……うん、おいしい」
満足のいく味付けができていることに、ウィルは満足そうに頷きながら残りの料理を平らげていった。




