普通の冒険者、特別なクエストへの参加を決意する
「あ~、風が気持ちいいな」
工房を出たところで、ロゼが大きく伸びをして胸元をパタパタと扇ぐ。
「何となく想像はしていたけど、鍛冶の仕事って思った以上にハードみたいだな」
「そうだね。暑さもそうだけど、マグの実の影響もかなり大変だね」
鼻と口を覆っていた布を外したウィルは、布の表面をなぞった指をロゼに見せる。
その指にはキラキラと光る小さな粒子が付いていた。
「工房内は清潔に保たれていたのに、鍛冶が始まってからあれだけの時間で、空気がこんなにも淀むなんて……そうか、だから町から少し離れたところに工房があるんだな」
顔を上げれば、工房の屋根からキラキラと輝く煙が空に吸い込まれていくのが見える。
他の鍛冶工房にも煙突が付いているが、あんな色鮮やかな煙を吐き出している煙突はなかった。
それだけ魔導鍛冶という存在は希少なのだろう。
カーネルの仕事を見た後でなら、ギルド長がウィルに彼を紹介してくれたのも頷ける。
ウィルは鍛冶の料金まで払ってくれたスモークウッドのギルド長に心の中で感謝しながら、まだパタパタと胸元を扇いでいるロゼに話しかける。
「……それじゃあ、今のうちに必要なものを買いに行こうか」
「買うって言っても、保存食や調味料の補充、後は包丁を研いでもらうことだろ?」
「うん、ご明察」
自分のことをよく理解しているロゼに、ウィルは思わず苦笑を漏らす。
「それとたくさん汗をかいたから、水分補給がてら何か甘いものでも食べようか」
「じゃあ、実は気になる甘未を売ってる店があったから行ってみようぜ」
「おっ、いいね」
自分で作るのは勿論、外での買い食いも好きなウィルは、ロゼと肩を並べて賑やかな町の方へと向かっていった。
買い食いをしながら町中で買い物を終えたウィルたちは、再びカーネルの工房目指して歩いていた。
「うむ、中々だったな」
口の端を拭いながら、ロゼは満足そうに頷く。
「よく煮たリンゴに溶かしたチーズをかけて食うなんて、粋なことを考える奴もいたもんだな」
「しかもそれなりに保存も効くそうだから、町を発つときにいくつか買っておきたいね」
「いいな。それ……って、リーダー!」
話の途中に何かに気付いたロゼが、ウィルの手を引いて近くの建物の影に隠れる。
「おわっ、ロ、ロゼ?」
「いいから、黙って隠れろ!」
自身の大きな体でウィルを建物の壁に押し込みながら、ロゼは警戒するように上空へと目を向ける。
直後に巨大な影がウィルたちの真上を通り過ぎたかと思うと、後から突風が駆け抜けてウィルたちの体を揺らす。
少し遅れて、ピイイィィッ! という危険を報せる笛の音が町中に響き渡り、思ったより大きなウィルは顔をしかめる。
「うっ、な、何だ?」
「……グリフォンだ」
「えっ?」
「グリフォンの奴が通り過ぎていったんだよ」
脅威が去ったのか、ロゼは壁から身を離してウィルを解放する。
「悪い、いきなりでびっくりしたよな」
「大丈夫だよ。ロゼのことだから、俺のことを守ってくれたんだろ」
ウィルは問題ないと笑うと、グリフォンが消えていった方へ目を向ける。
「グリフォンが町の上を通過するなんて……」
「ああ、明らかな異常事態だな。町の奴等も相当慌ててるな」
周囲に目を向ければ、突然のグリフォンの登場に人々は騒然とし、次がまた来るのではと慌ただしく駆けていくのが見える。
混乱する人々の波に呑まれないように、ウィルとロゼは壁際に避難して様子を伺う。
「幸いにも町中に降りてくることはなかったけど、こりゃあ大事になるかもな」
「そう……だね」
村や町を造る時に最初に考えることは、そこが安全かどうかだ。
野生動物や魔物が徘徊する場所などは論外だし、山賊などの犯罪者が多く出没するような地域も避けるのは当然だ。
スモークウッドの町も安全だから建てられたはずだが、通り過ぎただけとはいえ、グリフォンの存在はいよいよ看過できなくなってくる。
「…………」
先ほどまでの平和な雰囲気が消沈し、逃げ惑う人々を見てウィルは拳を強く握り込む。
今はまだ様子見の段階かもしれないが、これから先、本格的にグリフォンが町に狙いを定めたりでもしたら、平穏な暮らしは一瞬で瓦解してしまうだろう。
まだここに来てたった二日だが、世話になっている宿屋酒場の主人、カーネルやここに移住してきたランド一家のことを思うと、この町の平和をどうにか守りたいとウィルは思う。
「リーダー……」
すると、ウィルの気持ちを察したかのように、ロゼが明るい声で話しかけて来る。
「大規模討伐のクエスト、受けようぜ」
「ロゼ?」
「だってリーダーはクエストを受けたいんだろ? あたしたちと同じように、この町で出会った人を守りたいと思ってる。違うか?」
「……ううん、違わないよ」
ロゼから真意を問われたウィルは、ゆっくりとかぶりを振る。
「でも、俺のわがままで決めてしまっていいのかな?」
「何言ってんだ。あたしもリーダーと同じ気持ちだぜ」
ロゼは自分を指差してニカッ、と歯を見せて笑う。
「冒険者になった以上、誰もが英雄譚に憧れるもんだ。それが空の王者と呼ばれるグリフォンの討伐なら、箔もつくし最高だと思わないか?」
「俺は……どっちかっていうと恐怖心の方が勝っているけどね」
それでもウィルの決意は変わらない。
パーティーの盾として仲間を守るように、スモークウッドの町も守りたいと思った。
決意を固めたウィルは、顔を上げて頭一つ分大きなロゼの目を真っ直ぐ見つめて頷く。
「皆と合流して、冒険者ギルドに行こう」
「あいよ、一発派手にぶちかましてやろうぜ」
ウィルたちは拳をぶつけると、大規模討伐クエストの参加表明のために冒険者ギルドへと向かった。




