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普通の冒険者、夜の酒場で晩餐をする。

 焼き上がったとパンを店から借りたトレーに乗せ、ウィルは二階へと戻る。


「あっ、兄さん……」


 ウィルが部屋の中へと入ると、泣いていたのか、赤く目を腫らしたメイプルが慌てたように涙を拭う。


「ち、違うんです。これは……」

「いいよ。無理しなくて」


 慌てて取り成そうとするメイプルに、ウィルは微笑を浮かべて手にしたトレーを差し出す。


「ほら、今日は久しぶりにこれを作ったぞ」

「これって……」


 トレーの上に乗った料理を見て、メイプルは目を真ん丸に見開く。


「もしかして森のチーズパン?」

「ああ、懐かしいだろ? お前のために作ったんだ。冷める前に食べてくれ」

「……うん」


 トレーを差し出されたメイプルは、おずおずとパンへと手を伸ばす。


「わっ……ととっ!」


 途中、伸びたチーズがこぼれない様に慌てて手で支えながら、メイプルはパンを口いっぱいに頬張る。

 もぐもぐとしっかりとパンを咀嚼したメイプルは、大きく頷いて嚥下すると、


「……おいしい」


 安堵したような笑みを浮かべてホッ、と嘆息する。


「甘くて……しょっぱくて……ママの味がする」

「だろ? どうしてか泣きたい日に限って、母さんがよくこれを作ってくれたよな」

「うん……これを食べて、嫌なことなんて忘れなさいってよく言ってたね」

「ああ、だからメイプルも、これを食べてまた元気になってくれよ」

「…………うん……うん」


 ウィルの想いを汲み取ったメイプルは、何度も大きく頷いてパンを食べ始める。


 その表情はウィルがよく知るメイプルの笑顔になっており、彼女がもう何も心配ないことを言外に伝えていた。


「兄さん、ありがとう。私……明日から頑張るから」

「うんうん、やっぱうまいものを食べると元気になるよな」


 ウィル自身も、母親に言われたことを思い出しながら何度も頷く。

 色々あった一日だったが、これで万事めでたしめでたし……


 そう思っていたが、


「ところでウィル……」


 メイプルの両隣に座って彼女を励ましていた女性陣たちが立ち上がると、揃ってウィルへと詰め寄る。


「そのパン、まさか一つしか焼いていないとかないよな?」

「わたくしたしも、お腹ペコペコなんですのよ?」

「えっ? あっ、はい、もちろんです」


 女性陣たちに気圧されながらも、ウィルは背後を振り返って声をかける。


「今日はここで晩御飯を食べようと思って準備してきました。ねえ、ロウガさん?」

「ああ、勿論じゃとも!」


 ウィルの声に部屋の扉が勢いよく開いて、巨大な影が現れる。


「店主からたんまり料理をもらってきてやったぞ。もちろん、さっきのウィルのやつもな」


 そう言って犬歯を剝き出しにして笑うロウガの両手には、山盛りの料理が乗せられたトレーがあった。



 部屋に設えられたテーブルに料理を乗っけると、ウィルたちの部屋はあっという間に宴会場になる。


「これは何とも愛らしい料理ですわね」


 リーリエはハチミツでツヤツヤと光るクルミを一つ取ると、チーズと絡めて口に放る。


「具材以外の味付けはハチミツの甘さとチーズの塩気のみなのに、その二つが喧嘩することなく、見事な調和を生み出している……まさに森の恵みを体現したようなパンですわね……っとと!」


 話している間に零れ落ちそうになったチーズを、リーリエは手で掬って口へと運ぶ。


「フフッ、こんなはしたない真似、森にいたら雷を落とされてしまいますわ」

「いいじゃねぇか。ここにはあたしたちしかいないんだしさ」


 上品に食べようとするリーリエとは対照的に、骨付き肉を手にしたロゼが豪快に噛り付いて幸せそうに双眸を細める。


「う~ん、このスパイスの効いた豚肉、最高だな。舌がしびれるほどの濃い味が最高だ」

「おおっ、そいつはワシが作ったとっておきなんじゃ」


 骨までしゃぶるように食べるロゼを見ながら、ロウガがたっぷりと香辛料が付いた骨付き肉を手にする。


「こいつはワシの里の料理でな。収穫祭の日に酒と一緒に豪快に飲んで食らうとっておきの特製スペアリブなんじゃ」


 そう言って肉を一口齧ったロウガは、ジョッキに入ったワインを一気に煽る。


「ぷはぁ! これこれ! これが最高の飲み方なんじゃ」

「……ゴクリ」


 赤ら顔で満面の笑みを浮かべるロウガを見て、ロゼが物欲しそうに生唾を飲み込む。


「はい、ロゼさん」


 すると、今にもロウガに襲い掛かりそうになっているロゼの目の前に、ワインがなみなみ注がれたジョッキが差し出される。


「今日は守っていただき、また、励ましていただいて、本当にありがとうございます」

「メイプル……お前、最高だぜ」


 メイプルから差し出されたジョッキを受け取ったロゼは、追加のスペアリブへと嚙り付いてワインを煽る。


「……んく……んく…………ぷはぁ!」


 一気にジョッキの中身を飲み干したロゼは、口の端に付いた赤い液体を乱暴に拭ってニヤリと笑う。


「確かに最高の飲み方だ。こりゃ、来年の収穫祭にはロウガの故郷に行かないとな」

「ハハハ、その時は里の皆で盛大にもてなしをしてやろうぞ」

「おっ、言ったな。その約束、忘れんじゃねぇぞ」

「無論じゃ」


 ロゼとロウガは互いにジョッキを合わせて笑い合うと、再び肉とワインを交互に嗜んでいく。



 それからはそれぞれが好きな料理へと手を伸ばし、酒を飲み、夢を語って故郷を懐かしむ歌を歌う。

 その熱気はウィルたちが泊まる部屋から別の部屋へと伝染し、階下の酒場まで波及する。


 そうして冒険者が多く泊まる宿は、夜遅くまで賑やかな声が絶えることはなかった。

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