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普通の冒険者、おふくろの味を作る。

 宿の一階は酒場となっており、既にそこかしこで宴会が始まって喧騒で溢れていた。


「おおっ、ウィル。こっちじゃい」


 一人先に降りて席を確保していたロウガが、ウィルの姿を見つけて大きく手を振る。


「こっちは先にはじめておるのじゃが……皆はどうしたのじゃ?」

「それがですね……」


 酒を手にしてはいるが、皆を待って料理の注文を控えていたロウガに、ウィルはメイプルのために料理を作ることになったことを話す。


「というわけで、これから厨房に交渉に行きます」

「なるほど、それは面白そうじゃな」


 文句を言うどころか、いい余興だと言わんばかりに指をパチン、と鳴らしたロウガは、ジョッキの中身を一気に飲み干してウィルの隣に並ぶ。


「よし、それじゃあワシも一緒にお邪魔させてもらうとするかの」

「ロウガさんもですか?」

「ああ、ワシもメイプルのために久しぶりに腕を振るおうと思っての」


 そう言ってロウガは、ウィルに向かってウインクをして見せる。


「材料費に少し色を足して、店も手伝うと申し出れば、店主も喜んで場所を貸してくれるじゃろう」

 そう言うなり、ロウガは近くにいたウエイトレスに声をかけ、一緒に厨房へと入って行った。



 程なくして厨房から顔を出したロウガは、ウィルに向かって笑顔で丸を作って見せる。


「ほれ、許可が出たぞ。ウィルも早く来るのじゃ」

「は、はい……」


 ロウガの行動力に舌を巻きながら、ウィルは恐縮しながら厨房へと入る。


「突然の無茶をすみません」

「何、妹のために料理を作るなんて聞かされたらな……グスッ」


 禿頭に髭といった強面の店主は、溢れてきた涙を拭いながらウィルに笑いかける。


「店のものは好きに使ってくれていいぞ。故郷の一品を作って、妹さんを喜ばしてやりな」

「あ、ありがとうございます」


 滂沱の涙を流す店主に戸惑いながらも、ウィルは厨房内にあるものを見ていく。


「どうじゃ、何を作るか決めたか?」

「そう……ですね」


 酒場というだけあって肉の種類の豊富さに舌を巻きながら、ウィルは何を作るかを考える。


 ロゼから故郷の料理と言われたが、ウィルの家は山奥の小さな村で、兄妹揃って家を出て冒険者にならなければならないほど貧しかった。

 肉を食べる機会なんて殆どなく、毎日食材を探しに山々を駆け巡ったものだった。


 そんな中、ウィルとメイプルにとって思い出の料理と言えば……、


「うん、決めました」


 ウィルは大きく頷くと、店主に必要な材料をリクエストしていった。



 酒場は普段から冒険者たちを相手にしているということもあって、ウィルがリクエストした食材はすぐに揃った。


「本当にそれだけでいいのか?」


 倉庫から食材を持ってきた店主は、品質を確かめているウィルに不安そうに尋ねる。


「材料費のことを気にしているなら遠慮なんかしなくていいんだぜ」

「いえ、これで十分です。質も申し分ないですし」


 大きく頷くウィルの前には、パンの生地と木苺や数々の木の実、チーズといったものが並んでいる。


「……ほう、肉が一切ないな」


 後ろから覗き込んできたロウガが、興味深そうに木苺を一つ取って口の中へ放る。


「うむ、うまい! だが、ウィルよ。何を作るか知らんが、これでメイプルは喜んでくれるのか?」

「……どうでしょう? ただ、これは俺たちにとって思い出の料理なんです」

「思い出とな?」

「はい、今から作るのは、母親がよく作ってくれた得意料理なんです」


 そう言いながらウィルは生地をこね、薄く伸ばしていく。

 薄く伸ばして丸く成型した生地にフレッシュチーズを塗り、上に刻んだ木の実や木苺を乗せてさらに水牛から作ったチーズを乗せる。


「ご主人、(かまど)をお借りできますか?」

「あいよ、ウチのは石で作った竈だから火力が違うぜ」


 ニヤリと笑って店主が厨房の最奥を顎で示すと、そこには鉄の扉が付いた巨大な石窯が見える。

 店主が誇らしげに自慢するだけあって、厨房の四分の一ほどを占める巨大な石窯は扉が閉まっていても熱気を感じる。


 重厚な鉄の扉を開けると、中からぶわっと熱気が溢れ出し、ジリジリと身を焼く感覚にウィルは堪らず顔を手で覆う。


「これは……凄いですね」

「だろ? こいつを使えばどんな肉だってあっという間にこんがりよ」


 そう言って店主は、奥から巨大な肉の塊を取り出す。


「ほれ、こんな大きなボアの肉だって中までこんがりよ。この店の一番人気の一品だから、ぜひ食べてくれよな」

「はい、必ずいただきます」


 店主に感謝しながら、ウィルは空いたスペースに丸い生地を入れる。

 四百度近い高温になっている石窯に入れると、あっという間に生地に火が入り、溶けたチーズが沸騰してボコボコと泡立ちはじめる。


「おおぅ、あっという間に焼き上がっちゃった」


 石窯の火力に驚きながらこんがり焼き上がったパンを取り出したウィルは、仕上げに全体にハチミツをかけていく。


「できました。これが我が家のおふくろの味、森のチーズパンです」


 そう言ってウィルは、こんがり焼き上がったパンを誇らしそうに掲げて見せた。

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