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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミルクレープ

作者: SSRG

つまらない人生を変えたかった。

だから、道端で目の前に現れた竜がちょうどよかった。おもちゃを選ぶみたいに彼の背を追いかけた。




「あなたのことが好き。付き合って」

「だめだ。他をあたってくれ」


年季の入った昼下がりのカフェで、甘いケーキを囲って竜人と人間の娘が何やら話し合いをしている。

竜人は白く長い髪を一つにまとめて、使い古されているが、とても綺麗な旅装に包まれている。

対して娘は近所へ出かけにでも行くのか、一般市民から見るとあまり埃のついていない服装だ。伸ばしっぱなしの黒い髪の毛に生花も身につけている。


彼らはどうやらパートナーの交渉をしていたらしい。

ただ、娘の態度は相応しくなく、真剣さはかけらも感じない。街中で猫にちょっかいかけできるように見えてしまう。

それを見透かしているのか竜人は冷たくあしらっている。

長い旅路ではこんなこと一つや二つでもないのだろう。種族差もなく惹きつけてしまうのは竜人の性だろうか。


「話がそれだけなら帰らせてもらう」

「ちょ、まって、わかった。じゃあ、あなたの旅について行かせて!」

「旅はしたことはあるのか?」

「ない・・・けど・・・。でも!毎日たくさんのところで仕事させてもらってるから大抵のことはできるのよ!」


焦る表情を隠したつもりで娘は指折りやれることを話していく。炊事、洗濯、土木に農業、牧畜、他にも狩猟や木工など。確かにそれだけの技術があれば旅にもついていけるだろうが、なぜこんなにもたくさんのことができるのか。かわいい娘がこんなにもできることに竜人も眉を動かしていた。


「ついてきたいなら来ていいぞ。明日日の昇る前までに旅の用意をして門のところに来い」

「ありがとう!よろしくお願いします!」


そういうや否や娘は店を出て、旅の用意へと走り出した。かと思うと戻ってきた。


「すいません会計忘れてました」

「気をつけろ」


溌剌な娘はおっちょこちょいらしい。故に竜人は幸先の不安を感じた。




空が太陽を受け入れ始めた頃、2人は門の前で落ち合う。知人たちのお下がりや新品の混ざった旅装の娘と、昨日と変わらぬ姿の竜人だ。


「おはようございます!よろしくお願いします!」

「ああ、じゃあ行こうか。昨日言った通り、目的地は南だ」

「了解!ちゃんと薄着の用意もしたわよ!」


龍人は頷き、歩き出す。それに娘は好奇心と未知への恐れをともなってついていく。

初めて街から、住み慣れた場所から飛び立ったのだ。


始まりの街。始まりの朝。娘と竜人の組み合わせはどんな旅路になるだろうか。吹き抜ける風に対象の色を乗せて、踏み固められた道に足跡を残していく。




娘の旅装が様になってきた秋ごろ。

その日の旅路を早めに切り上げ、野営の準備に入る。娘は料理と野営場所の用意。竜人は明日のための食材や薬草を取りにいく。不安そうだった旅路も順調らしい。


「大好きな竜人さん!料理作って待ってるわね!」

「ああ、美味しいものを作ってくれ」


どうやら娘は諦めていなかったようだ。しかも竜人の呆れを含んだ表情から常にこの喋り方なのだろう。なんという継続力。そして旅にまでついて行く体力もある。この娘、もしかしたらどんな仕事でも一定水準より上の職につけるのではないか。


「旅って面白いなあ!知らないことがたくさんだし!話に聞いてたより地面で寝るのはきついけど、慣れちゃったし!」


それぞれ持ち場について互いのために仕事をしていく。そんな中、1人は暇なのか娘は独り言を始めた。慣れた手つきで初めの頃より綺麗な即席釜に火をつけていく。


「この火をつけるのだって大変だったなぁ。街だと用意された薪だから、上手くつかなくて真っ暗闇で過ごしたっけ!」


彼女は楽しそうに今までのことを振り返っている。ふと慣れた仕事をしていると初めの心に立ち返るように。娘は楽しそうに、愉快そうに振り返る。


「街での買い出しもそうだ!買い過ぎて早めに休ませてもらったり、狩があまりに振るわない時にはげんこつを入れられたりしたなー!痛かったなあれは」


当時の痛みが帰ってきたのか頭をさする娘。だからなのか表情が曇っている。


「もうやめようかな」


一つ言葉を漏らした。先ほどの楽しい様子からは一変。締め切らない蛇口から雫が溢れたみたいに。

不満はないように見えた。それなのにやめたいなど。




「やめるなら早めに言ってくれ」


ぶっきらぼうだが、気遣いは旅人っぽくなく紳士的。そんな竜人は食事の後になんでもないようにそう言った。さすが竜人なんでも聞こえている。


「なんで?辞めるなんて一言も言ってないのに」

「言ってただろ、すっとぼけるな」


ここまで共に過ごしてきて竜人の特性を知らないわけがない。五感が鋭いのだ。重ねて、どうやら狩のための道具を取りに戻った時に聞こえてたらしい。


「あなたのことがこんなに好きなのに?」

「好きなのはいい、だが旅を辞めるなら早めに言え」


好意に対して竜人はどうでもいいらしい。ただ、いつになく厳しい声音で返答が返ってきた。そのため、娘は怯んでいる。


「わかったよ。じゃあ今更だけど、なんで旅についていくのを許してくれたの?」

「旅は道連れ世は情けなんて言葉がお前の住んでたところにあるだろ」

「そんなカッコつけたことじゃなくて。やっぱり竜人て寿命が長いから暇つぶしだったり?」

「否定はしない。理由はな、一定間隔でいつもいるんだよ。あなたみたいな人たち。そう言った奴らは総じて面白いって経験則から許した」

「そんなおかしなことあるう?」


納得いかない様子で、娘は自身以外に竜人へついていった者たちの話をせがむ。

研究職だった狼獣人や、闘争心の強いエルフ、また娘と同じ人間だったりと多くいるようだ。

竜人は焚き火を眺め懐かしそうに眦を下げた。


「その人たちはなんで旅を辞めちゃったの?」

「やりたいことをみつけたからだ」

「寂しくないの?」

「今はあなたがいるから寂しくないよ」


娘は聞いた。それに竜人はなんてことないように返す。

竜人は今までのことを一枚一枚紙に書いて、小さな装飾のついた魔法箱にしまっている。

今日のように星が輝く夜空の中で、毎晩書き溜めて、眺めのいいところに来たらそれを読むのが趣味だそうだ。今では何枚になったか数えていないらしい。


「いいなあ、みんなあなたのとこから飛び立っていったんだね」

「いつかあなたもそうなる」

「私はずっとあなたといるよ!だって飛び立つ翼がないんだもん」


悲しそうに、不貞腐れたように娘は告げた。それから、娘はこれまでの元気だった様子とはうって変わり、初めて竜人の前で弱々しい姿を見せた。

パチパチと明るく焚き火は燃えている。


「いつもね、何をやっても自由に空を飛べた気がしない。だから街ではなんだってやったんだ。料理に接客に鍛治に狩猟にーって。

だけど、どれも途中で上手くいかなくなる。体が地面から伸びた蔦に引き摺られてるみたいに。

だからね、私。あなたについて行こうって思ったの。

竜人なんて滅多に見ないし、それにあなたたちって自由に空を飛べるじゃない。ご利益もあるのかなあって」


ぐるぐると巡っていた迷いを娘は吐露した。

それを聞いて竜人は立ち上がり娘を空に飛ばした。


「こうでもしたら満足か?」

「そういうわけじゃ、ない」


突然の出来事に頭がついていかない娘。それをきいてまた違う方法で娘をさらに飛ばす。


「ちょ、ま、やめて!!」

「なんだ、空を飛べただろう」

「ぜんぜん!!飛べてない!いや、飛べてはいるけど!!それなら自由に飛びたいって私言ったけど、飛べてないんだけど!?」


目を白黒させる。こいつ何をしているんだというように娘は驚きと叱責をこめて叫んだ。


「だろ?」


竜人は教師から生徒へ教えるように正面から言葉を紡ぐ。未だ困惑のさなかで娘は竜人を見る。


「空を飛ぶ翼は人のものを使うんじゃない。

なんだってそうだ。竜人だって、生まれた時に自分の翼を広げて飛ばなければ死んでしまうからな。

だから、飛びたいなら君自身の翼を使え。

他人のように生きようとせず、他人任せに飛ばないで、君自身が見つけた方法で飛ぶんだ」


娘は目を見開いた。恐怖に、ではなく純粋な驚きに。空を飛ぶには魔法や気球とか、自分の翼じゃなくても飛ぶ方法はいくらでもある。だが自由に飛びたいのなら、自分自身の方法で、道具で飛ぶのは至極当然のことだ。多少の指南は必要だったりもするが、結局は自分の力で飛ぶ必要がある。空から突然気球が降ってくるわけでもなければ、地面から魔法が這い出てくるわけでもない。

そんなことにも気がつかなかった自分に驚いて、同時に面白くなったんだろう。娘は笑い出した。


「あはは!そっか!じゃあ自分の翼で飛ばなきゃね!」

「気分が良くなったみたいだな、もう火が弱くなった。交換して早く休もう」


薪をくべてテントが焦げないほどに火を強める。見張り番は魔法があるからいらないのだ。




「おはよう!今日も好きだよ!」

「ああ、おはよう」


彼らはいつもの通りに、昨日とは違った距離感と充足感で朝支度をしていく。娘は枕詞のように愛を告げ、竜人は今日の天気を確認するみたいに返事をする。


そういえば。娘は旅について行くために愛という嘘をついて旅についてきたのだ。昨夜、慣れてしまった変わればえのしない毎日に疲れたのか、胸の内を竜人に伝えて、助言をもらい、旅についてきた理由が解決したのだ。

そのため娘は、その愛という嘘も使って旅についていく。なんて必要はなくなったはずだ。

ほほう。どうやらまさしく、竜人の真摯な言葉に惚れたんだろう。もしくはやはり美麗な見た目だろうか。それに、今の迷いがなくなった娘は本気で竜人を惚れさせるのだろう。嘘が真になった。

そらそのとおり、娘は熱のこもった瞳で竜人を眺めている。




「見つけた!」


娘は1人、樹洞の中で声を上げた。いつもよりも多く喜色が含まれているのだから、よほどいいものを見つけたのだろう。

娘が吹っ切れてからいくばくかの日が過ぎたらしい。

この日はどうやら世界樹の城下町に滞在しているようだ。1人なのは、何か隠れてやりたいことがあったからなのだろうか。




日も落ちて、夜明かりが街を照らしている。

先に宿に帰り、食堂でそわそわと娘は待っていた。ようやく竜人が宿の食堂へと姿を現す。

いち早く竜人を見つけて、娘はシルフもかくやという速さで駆け寄り、子供が自慢するみたいに元気よく声をあげた。


「ねえねえ見てみて!!」


パッと体を広げて自身姿を見せる。いつもと変わらぬ姿で、小綺麗にしたのか髪が結われている程度だ。特段気にするようなところはない。そのはずだ。

しかし、魔法を達者に扱う者たちはわかる。娘は長命種になっている。

なぜ彼らはわかるのか、長命種は皆、魔力回路や魔力量など、仕組みが短命種とは違っているのだ。

そのため、竜人は驚いた。目をいつもより数ミリ開き、一瞬硬直する。

普段感情の起伏の少ない竜人の驚く様子を見て娘は満足げだ。


「まて、一旦部屋に行こう」

「了解!」


額に手を当て、なぜかどっと疲れたかのように竜人は目を閉じる。

そうして2人は部屋に集まった。


「訳を聞こうか」


竜人は長命種になった理由を問いただしている。長く生きていて、長命種になったものもいると聞く。しかしほとんどはよくない話だったのだ。故に竜人は部屋に防音と鍵の魔法をかけて、話を聞く。


扉を閉めて、その声を聞くと、くるりと娘は龍神に向き直り、興奮気味に話し始めた。


「昔ね、お母さんから聞いた話があるんだ!それがね!世界樹の近くで願い事をこめながら歩くと、宝石みたいに熟れたりんごが落ちてくるんだって!

それでね、そのりんごを食べたら、願ってたことが一つだけ叶うんだよ!」

「そんなおかしなこと」


なんともおかしな話だ、何も後ろ暗いこともない御伽話だった。しかもそれは、竜人も昔聞いていた話だったのだ。宝くじを買うようなのと同じで、そうそうあたりが出るものではない。友人たちにも「りんごが落ちてきた」だなんて聞いたこともないのだ。

ましてや生きているうちで起こるかどうか。


「やってくれたな」

「ふふ。自由に空を飛べる私はすごいんだよ!」


気を張っていた肩の力は抜け、竜人はベットへと座り込む。そう心配することはなく、変わらずに過ごせることがわかった。


「あまり外で言わないほうがいいぞ」

「わかってるよ、街でもやばい話は聞くからね」


長命を目指した者たちの末路、そして、未だに求めるものたちがいる現実を娘は知っている。そうそう不用意に言い回ることはしないだろう。いろんな業界の裏も表も見ているのだからなおさらだ。


「それでなんだけどね」


そわそわと、娘は服の裾をいじっている。

未だ明るい街中、外の喧騒が遠くで聞こえる。近くに聞こえるるのは2人の息遣いだけだ。

竜人は顔をあげ、射抜くように娘を見つめた。


「あなたのことが好きだ。付き合ってくれ」


娘は喜びに飛び跳ねて竜人へと抱きついた。

その拍子にベッドへと2人は倒れ込む。

赤くなった顔を隠すため、もしくはいち早く好きな人の鼓動を聞きたかったのか、まだ娘は泣いて喜んでいる。それを竜人は宥めるように頭を優しく撫でている。

一つ落ち着いたところで、彼らは身心に刻まれるという番の契約を成した。


なぜ竜人は娘を好いたのだろうか。見目はまた1番か2番かという具合、器量については問題ない。むしろありすぎるほどだ。その心意気だろうか。初めから諦めずに好意を伝え続け、長命種にもなってしまった。長命になるということは、多くのものを見送ることになる。その苦しみを竜人は知っているんだ。もしくは案外簡単で、初めに見たケーキを頬張る姿が可愛かったから、なんてこともあるのだろうか。

感情の起伏が少ない竜人の心を見るのは難しいものだ。




数百年が過ぎた。

彼らは今でも旅を続けている。さまざまなところへゆき、一枚一枚日記が増えていく。娘も竜人と一緒に日記を書き始めたらしいから、ページ数がたくさん増えているみたいだ。交換日記なんてものもやっているらしい。


この日は娘が生まれ育った街に来たようだ。昔とはほとんど姿も変わっていて、覚えている箇所なんてほんの少しだけ。懐かしそうに番達は手を繋いで歩いている。

ちょうどお昼を回ったところで彼らはカフェへと入った。ご飯はすでに決めたようで、今はどのケーキにするか茶にするかと悩んでいるようだ。


「あ、この今日のおすすめのミルクレープ!重ねられた様子が日記みたいだね!」

「そうか?」

「うん!紙って薄くて弱いけど宝箱みたいにいろんなものが詰められるでしょ?それに詰めたら詰めた分だけちょっと膨らむの!

だから、クレープのところが紙で、クリームが素敵なものたちって考えたら一緒かなって」


確かにそう考えると近いものがある。日記に使われる紙は薄いが、文章という歴史が一枚一枚詰められている。植物などを保存魔法をかけて貼り付けたなら尚更だ。

しかもミルクレープは千枚のクレープという意味もあるらしい。それなら彼らの日記ではいくつのミルクレープが作れるのか。


「なら今日はミルクレープにしようか」

「私も!」


吹き抜ける青空に娘の声が響く。竜人の微笑みも忘れてはいけない。

空を自由に飛ぶ竜達は、番とともに一枚一枚を大切に過ごすのだろう。

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