【第95話:静かな朝、ほどける息】
昨日までの“ふわり”とした心の高揚が、今朝は少しだけ落ち着きを見せています。
新しい朝の静けさと、そのなかでほどけていく息。
今日は、るなの胸の奥に広がる小さな安堵を描いてみました。
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(16話目)
窓のカーテン越しに、白い朝の光が部屋いっぱいに満ちていた。
るなはゆっくりと目を開けて、ベッドの上で小さく背伸びをした。昨日よりも、ほんの少しだけ身体が重い。でも、それが嫌な感覚ではなかった。
「……おはよう」
誰に向けるでもなくつぶやくと、胸の奥がふわりと温まる。
ここ数日、心の浮き立つような軽さと、一緒にどこか宙ぶらりんのまま過ごしてきた感覚。その余韻がまだ、身体の中に小さく残っている。
寝室のドアを開けて廊下に出ると、ほのかなパンの香りと食器の触れ合う音がした。
キッチンでは、明人がトースターの前に立っている。
「おはようございます、るなさん。よく眠れましたか?」
「うん……昨日よりは、ちゃんと眠れたみたい」
自然なやりとり。
自分の声が、少しだけ掠れているのは、夜の余韻がまだ身体に残っているからかもしれない。
それでも、こころの奥に「大丈夫」と言える感覚が確かにあった。
朝食のテーブルには、焼きたてのパンとサラダ、温かいコーヒー。
ふたりで静かに「いただきます」と手を合わせると、ふと、るなの胸の奥に“ほどける”ような安堵が広がった。
「今日は……何をしましょうか」
ぽつりとこぼした声に、明人はコーヒーを差し出してくれる。
「無理せず、ゆっくりしてもいいと思いますよ。まだ数日は、心も身体も波の途中ですから」
「うん……。でも、少しだけ外に出てみたいかも」
そう答える自分に、どこか前向きな力が生まれているのを感じる。
天気予報では晴れの予報。窓の向こうにも、少しずつ青空が広がっていくのが見えた。
「じゃあ、お昼ごろになったら、ちょっとだけ散歩しましょうか」
「……ありがとう」
テーブルの上に射す朝の光は、昨日より柔らかく、どこか静かな気配を連れていた。
るなはパンをひとくちかじりながら、静かに深呼吸をする。
(今朝は、“浮かぶ”というより“ほどける”感じかもしれない)
心の奥で、優しく結ばれていた何かが少しずつ解けていく。
不安も、焦りも、昨日ほど大きくはない。
それでも、心の波がすっかり落ち着くには、もうすこし時間がかかりそうだった。
けれど――それでも、大丈夫。
この静かな朝から、また一歩ずつ歩き出せる
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
波のように揺れる心も、少しずつ“静かな朝”に馴染んでいきます。
次回は、外の空気に触れながら、るながまたひとつ前に進む時間をお届けできればと思います。
明日も、よろしくお願いします。