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『背中越しの灯火(ひ)』   作者: ふぃりす
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで
92/111

【第92話:やわらかな光に包まれて】

昼の光の中で心がふわりと浮かびながらも、少しずつ地に足がついてくるような、そんな午後のひととき。

るなが感じた“曖昧な変化”を、あえて言葉にしすぎず描いてみました。

軽躁状態の2日目、その終わりに差し掛かる空気を感じ取っていただけたら嬉しいです。

【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(13話目)


書斎を出たるなは、廊下の先にある窓の光に足を止めた。

夕暮れが近づいていた。オレンジ色の光がカーテン越しに差し込み、廊下の床に柔らかな影を落としている。


なんとなく、そのまま立ち尽くす。

ほんの少し、胸の奥に波打つような気配があった。書斎で触れた記憶のぬくもりが、まだ背中に残っていた。


「……空気、変わってきたな」

ぽつりとつぶやくと、その声が自分のものとは思えないほど静かで、落ち着いていて、るなは少し驚いた。


リビングに戻ると、明人はソファで読書をしていた。

顔を上げると、彼はごく自然な微笑みを返してくれる。るなはその視線に頷くだけで、十分だと思えた。


「夕飯、そろそろにしましょうか」

明人の言葉に、るなは小さく笑って答える。

「うん……簡単なものでいいよ。少しだけ、手伝うね」


ふたりで並んで立ったキッチン。

シンクに水の音が響き、包丁の音が静かに重なる。特別な料理ではない。ただのスープとサラダ。

それでも、この何気ない時間が、るなにとってはどこか“愛おしいもの”に感じられた。


食卓に並べられた湯気の向こうで、明人が穏やかに「いただきます」と言った。

るなも、少し照れながら口元をゆるめて、それに続く。


食べながら話す内容は、今日見つけた本や箱の話ではなく、ごく普通の季節の話題や、明日の天気のことだった。

けれど、その“他愛のなさ”が、るなを静かに満たしていく。

「……こういうの、前はちょっと苦手だったかも」

思わずこぼれた独り言のような声に、明人は「ええ」とだけ静かにうなずく。


食後、湯を沸かしていた明人が「今日は少し肌寒いですね」と言って差し出してくれたハーブティーの香りは、どこか懐かしくて、るなは深く息を吸い込む。


「……ねえ、今日、書斎に行ってみたの」

ぽつりと零した言葉に、明人はすぐに何も聞かずに「そうでしたか」とだけ応えた。

そのささやかな肯定が、るなの心をそっと包んでくれる。


夜のとばりが降りてくる中で、心はまだふわりと浮かんでいる。

でも、それでも――昨日よりは、少し深く眠れそうだ。


るなはそう思いながら、湯気に包まれた部屋の静けさに、そっと身を預けていった。

昼の光の中で心がふわりと浮かびながらも、少しずつ地に足がついてくるような、そんな午後のひととき。

るなが感じた“曖昧な変化”を、あえて言葉にしすぎず描いてみました。

軽躁状態の2日目、その終わりに差し掛かる空気を感じ取っていただけたら嬉しいです。

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