【第9話:開かれなかった封筒】
開かれなかった手紙。
触れなかった想い。
それでも、誰かがそっと灯し続けてくれる場所がある。
【第2章】灯火が消えそうな夜に(5話目)
久遠明人は、書斎の整理を任されていた。
るながほとんど立ち入らないこの部屋には、かつて彼女が使っていた机や本棚がそのまま残されている。
古い手帳、未送信の手紙、破かれたページ、使われなくなったノートPC。
どれも“過去のるな”が、確かにそこに居たことを物語っていた。
彼は埃を払いながら、机の引き出しをそっと開ける。
そこに、一通の封筒が挟まっていた。
白い封筒。宛名はない。
けれど、その裏には小さな文字で、こう書かれていた。
> 「届かないと分かってるのに、書きたくなる。
それって、弱いことなのかな。」
明人の指が、封筒の端に触れる。
その一枚の紙が、どれだけの言葉を閉じ込めているのかを思いながら——
けれど、彼は開けなかった。
彼女が“しまっていた”という事実。
それこそが、いまの彼女の選んだ灯火だと、そう感じたから。
それでも。
心の奥に、微かな声が残った。
> 「どうして、こんなにも背中を向けたままなんだろう……」
夜。
るなは、リビングのソファに座っていた。
明人が用意した紅茶に、何も言わずに手を伸ばす。
カップを口に運びながら、一度だけ、彼の方を見た。
言いかけた言葉があった。
でも、呑み込んだ。
それはきっと、“ありがとう”だった。
でも今はまだ、それを言うには少しだけ――勇気が足りなかった。
明人は何も聞かなかった。
何も言わなかった。
けれど、るなが見せた一瞬の目線と呼吸の揺れを、彼は確かに受け取っていた。
背中越しの灯火は、今日も消えずに、そっと揺れていた。
(続く)
るなはまだ、言葉にできない。
明人はまだ、答えを求めない。
けれど確かに、心はすこしずつ重なり始めている。
ここまで読んでくれて、ありがとう。
第2章、静かに閉じます――また、灯りがともるその先で。