【第87話:夜のまどろみの中で】
穏やかな光がゆっくりと傾いていく中で、るなの心に残った“熱”のようなもの。
それは、今日という日がどれほど大切だったかを教えてくれる、かすかな灯火のようでした。
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(8話目)
夜の帳がすっかり降りた頃、るなは寝室のベッドに身を沈めていた。
けれど、目を閉じてもすぐには眠れそうにない。
昼間にたくさん動いたはずなのに、身体はほどよく疲れているのに、心の中はまだ静かにざわついている。
(……眠るのが惜しい、って、こういう気持ちなのかな)
ごろんと仰向けになると、天井に柔らかな光が滲んでいた。
読書灯の淡い明かりが、まるで夢と現実の境を曖昧にしてくれているように思える。
そっと手を伸ばして、その光に指先をかざす。
何かに触れられるわけじゃないけれど、それだけで不思議と落ち着いた。
そのとき、静かに扉がノックされた。
「るなさん、もうお休みになりましたか?」
明人の声だった。
彼の声音は、どこまでも静かで優しい。
少しだけ身体を起こして、「まだ起きてます」と返す。
明人はドアを少し開け、廊下の灯りの中から姿をのぞかせた。
「お休み前に、お水でもいかがですか?」
「あ……ありがとう。もらおうかな」
小さなガラスのコップを手渡され、るなはベッドの縁に腰をかけて水を口に含んだ。
冷たさが喉をすべり落ちていくその感覚が、今日という一日を静かに締めくくってくれるようだった。
「なんだか今日は、ほんとうに不思議な一日でした」
るながぽつりとこぼすと、明人はふっと穏やかに笑う。
「はい。お元気そうで、何よりでした」
「うん……でも、どこか夢みたいで。
明日、また元に戻ってたらどうしようって、ちょっとだけ怖いです」
そう言って目を伏せたるなに、明人は静かに言葉を添える。
「もし戻ってしまっても、大丈夫です。
また、今日のような日が来ますから」
るなは顔を上げ、そのまなざしを見つめる。
灯りの向こうに浮かぶ彼の瞳は、言葉以上に深いやさしさを宿していた。
「……ありがとう。明人さんがいてくれて、よかった」
「僕も、るなさんが今日を笑顔で過ごせたことが嬉しいです」
そうして静かに部屋を出ていく彼の背中を、るなは見送った。
扉が閉まり、再び夜の静けさが戻る。
けれどその静寂は、どこかあたたかかった。
毛布をかけ直しながら、小さく深呼吸をひとつ。
今日という日の余韻が、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。
そのまどろみの中で、るなは静かに目を閉じた。
(……きっと、大丈夫)
明日がどうであっても――
その言葉を胸に抱きながら、やわらかな眠りへと沈んでいった。
「また明日も、こうして過ごせたら」
そんな願いが生まれる夜は、きっとほんとうに大切な一日だった証なのかもしれません。
読んでくださり、ありがとうございます。次回もまた、静かな優しさの中でお会いできたら嬉しいです。




