【第86話:今夜も心はふわり】
一日の終わりに、そっと余韻を残すような夜の気配。
「まだ眠りたくない」という気持ちは、もしかすると、心の奥にあった“明日への願い”なのかもしれません。
今夜のるなは、その小さな灯を大切に抱きながら、ゆっくりと夜へ向かっていきます。
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(7話目)
夕食を終えた頃になっても、るなの中にはまだ、小さな熱のようなものが残っていた。
身体はもう充分に動いたはずなのに、心のどこかが「もっと」と囁いている。
「……少しだけ、片付けをしてきますね」
そう言ってキッチンへ戻る背中に、明人が静かに頷いたのがわかった。
洗い物を済ませた食器が、カチリと小さな音を立てて重なる。
その音さえ、今夜のるなには心地よく響いていた。
水の感触も、湯気の匂いも、すべてが“生きている”ことの実感に繋がっているようで――
(今なら、どこまでも動ける気がする)
ふとそんな言葉が、頭の中に浮かんできた。
けれど、それは不安定な自信のようでもあり、どこか儚いものにも思えた。
「るなさん、あまり遅くまで起きていると、明日がしんどくなりますよ」
明人の声は優しいけれど、ちゃんと制止の響きを含んでいた。
「うん、大丈夫……。でも、今日はまだ、眠るのが惜しい気がしてて」
るなはそう言って、照れたように笑った。
普段なら、夜になると体も心も重たくなって、横になってもなかなか寝つけない。
でも、今夜は違う。胸の奥に灯った“何か”が、まだくすぶっている。
「本でも読もうかな。昔のノートを見返すのもいいかも……」
目に映るものすべてが、少しずつ輝きを持って見える。
こんな風に“次にやりたいこと”が自然に浮かぶ夜は、ほんとうに久しぶりだった。
けれど、明人のまなざしがふと柔らかく揺れたのを見て、るなは少しだけ気持ちを切り替える。
「……じゃあ、少しだけ本を読んで、眠る準備をしますね」
「ええ、それが良いと思います」
そう言って部屋に戻ると、枕元のライトをほんのり灯す。
ページをめくる音が、静かな夜にふわりと溶けていった。
それでも、ほんの少し、心はまだ宙に浮かんでいるようで――
(この感覚が、明日まで続けばいいのに)
そんなことを思いながら、るなはページの文字を目で追った。
その瞳の奥にある微かな熱は、まだ消えてはいなかった。
るなの内側に芽生えた“止まらない心”は、まだ小さな炎のようなものでしたが、確かに彼女を動かしていました。
明人との距離感もまた、そっと見守る優しさの中で揺れていて――
明日も、ふたりに穏やかな時間が訪れますように。




