【第84話:軽やかに、止まらない手】
少しずつ心が軽くなっていくと、身体も勝手に動きたくなってしまう。
止まらない手、片付けた先に見える小さな満足。
今日は、そんな“軽躁の午後”をお届けします。
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(5話目)
午後のお茶のあとは、るなは机の引き出しをひとつずつ開けては整理を始めた。
本当はやる予定じゃなかったはずなのに、「今のうちにやっておきたい」と不思議な勢いがわいてくる。
ノートや古いレシート、使いかけのメモ帳――ふだんなら面倒に感じてしまうことも、
今日はなぜか「気になって仕方がない」。
指先はひらひらと軽やかに動き、机の上にきれいな山を作っていく。
「あれ、これ、もう捨てていいやつかな?」
小さな独り言が増えていく。
時々、彼にも「これ、取っておきますか?」と尋ねてしまう。
「どちらでも、るなさんの判断で大丈夫ですよ」
そうやってやさしく返されると、ますます調子に乗ってしまう自分がいる。
「……変なこと言ってたら、止めてね」
るなが少し照れ隠しのようにそう言うと、彼は静かに微笑んだ。
「楽しそうな顔をされてると、こちらも安心します」
言われてみれば、最近こんなに集中して動いたことはなかった。
片づけの手を止めて深呼吸すると、ふわりと心が弾む。
(やっぱり、今日は調子がいいのかもしれない)
根拠はないけど、どこかで「何でもできる」そんな自信すら湧いてくる。
やるべきことが片付いたあとは、ベランダで洗濯物を取り込んだ。
小さな風に当たると、気持ちがますます軽くなる。
「明日も晴れるかな」
天気予報をチェックする余裕まである自分が、少しおかしくてくすっと笑う。
夕方、明人がテーブルに夕食の準備を始めていた。
「今日のごはん、何か手伝いましょうか?」
自分からそんなふうに言い出すのも、以前の自分では考えられなかったこと。
彼が「お野菜を切っていただけると助かります」と包丁を渡してくれる。
るなは、わくわくしながらキャベツを刻んだ。
包丁の音が小気味よく響き、キッチンにはほのかな野菜の匂い。
気づけば、今日一日ずっと「動きたい」気持ちが続いている。
身体も、心も、まだまだ余力があるような気がして――
るなは、ほんの少しだけ夜が来るのが楽しみになっていた。
(今日は、夜も、ぐっすり眠れる気がする)
そんな小さな確信とともに、
るなは笑顔でエプロンの紐を結び直した。
やることがどんどん思い浮かぶ日もあれば、
何も手につかない日もある。
でも今日は、心も体も軽く動いてくれた一日でした。
次回も、0:00に更新します。
ふたりの灯火が静かに揺れる午後を描いていきます。
また覗きにきてくれると嬉しいです。




