【第80話:静けさの向こうへ】
まだ夜の名残が少しだけ残る、静かな時間。
第6章がここから始まります。
ふたりの灯火が、また今日もあなたの胸に、そっと届きますように。
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(1話目)
朝が、やわらかい光とともに訪れた。
カーテンの隙間から差し込んだ陽射しは、るなの頬をやさしく撫で、まるで「起きて」と語りかけてくるようだった。
目覚まし時計の音よりも先に目を覚ましたのは、久しぶりのことだった。
瞼の裏から、何かが溢れてくるような感覚。
それは高揚とも、幸福ともつかない、けれど間違いなく軽やかな心の弾みだった。
「……ふふっ」
自然と笑みがこぼれる。
理由もなく、胸の奥がふわふわと浮いているような感覚。
指先も、髪を撫でる動作も、妙に軽くてしなやかで。
るなはベッドから勢いよく立ち上がった。
いつもなら重たい足取りで、ため息交じりに動き出すはずの朝。
けれど今日は、まるで身体が先に動き出している。
部屋のドアを開けてリビングへ向かうと、すでに明人がキッチンで支度をしていた。
振り向いた彼の目に映ったのは、肩にかかった長い髪をふわりと揺らしながら近づく、笑顔のるなだった。
「おはようございます、明人さん!」
声の調子も、少し高めだった。
「……おはようございます。今日は、早いですね」
そう答えながらも、明人の目には微かに驚きの色が浮かぶ。
いつもなら朝食の声かけをしてから、ようやくゆっくりと現れるはずの彼女。
「うん、なんだかすっきりしてて。……空気が軽く感じるんです」
そう言って、るなは窓を開けた。
湿気を少しだけ含んだ朝の空気が流れ込む。
それすらも心地よくて、深く吸い込んだ肺の中まで明るくなった気がした。
「今日は、朝から散歩に出てみようかなって思ってるんです」
明人は数秒だけ黙ったあと、小さく微笑んだ。
「ええ、いいと思います。……無理のない範囲でね」
「はい、大丈夫。今日は、なんだか全部うまくいく気がするんです」
るなは椅子に腰かけながら、トーストをひと口かじった。
何気ない朝ごはん。けれどその味も、音も、景色も、全てが鮮やかに思えた。
気づけば、言葉が止まらない。
この一週間の空模様のこと、ニュースで見た街の話、昔好きだった本の一節まで……
ひとつ話せば、次々に思い出が浮かび、自然に口から零れ落ちる。
明人はただ「うん」「なるほど」と静かに頷いて聞いていた。
るな自身も気づかぬまま、その朝、心は確かに浮かび上がっていた。
少しずつ、るなの“こころ”が浮かびはじめます。
それは静かな朝の光のように、けれど確かに変化の兆しとして。
ふたりの日々を、また覗きに来てくださったら嬉しいです。
次回も0:00更新でお届けします。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。




