【第79話:夜明け前、揺れる心】
長かった一日も、ようやく静かな夜を迎えました。
心の重さも、少しずつ明け方の気配に溶けていきます。
新しい朝へと向かう、小さな変化と余韻を描きました。
【第5章】心のひかりをたしかめて(39話目・章ラスト)
夜が更けるほどに、るなの心は重く沈んでいった。
夕食のテーブルに座っていても、視界の端でカップの紅茶が静かに湯気を立てているだけ。
「ありがとう」と一言だけ彼に告げ、毛布を肩にかけてリビングのソファへ身を沈めた。
テレビはつけなかった。
静けさのなか、壁時計の針の音だけがやけに大きく響く。
窓の外はすっかり夜になり、カーテン越しに街灯の光がぼんやりと部屋に滲んでいた。
「今日は、眠れるかな……」
ぽつりと呟いた声は、暗闇に静かに吸い込まれていく。
しばらくして、彼が「おやすみなさいませ、お嬢様」と、
いつものように穏やかな声をかけてくれる。
その気配を背中に感じながら、るなはゆっくりとベッドに移動した。
寝室の空気は冷たくて、布団にくるまってもなかなか温もりが届かない。
頭の中は静まらず、今日の出来事や、言えなかったこと、
伝えられなかった思いが渦を巻く。
何度も寝返りを打つたび、部屋のどこかで微かな生活音が響き、
「ひとりじゃない」と自分に言い聞かせたくなる夜だった。
眠気はなかなか訪れず、心の奥に残る寂しさと焦りがじわじわと膨らんでいく。
それでも、気づけばうとうとと浅い眠りに落ちていた。
夢の中でも、るなは誰かの気配を求めていた。
ふと、窓の外が白んでいく気配で目を覚ます。
カーテンの隙間から淡い朝の光が滲み、夜の終わりをそっと告げている。
まだ心には重さが残っている。
でも、その奥で――昨日までにはなかった小さな“ざわめき”が確かに灯っていた。
何もしていないのに、胸の奥が妙にそわそわと浮き足立つ。
理由は分からない。けれど、
「今日は、何かできるかもしれない」
そんな根拠のない期待と、微かな自信のようなものが芽生えている。
ベッドから身を起こすと、身体がふわりと軽く感じた。
まだ眠り足りないのに、じっとしていられない気持ち――
その正体を、るなはまだ知らなかった。
静かな部屋に、朝の光が少しずつ満ちていく。
夜の孤独と、夜明けの“ざわめき”が入り混じる時間。
それは、ゆっくりと“軽躁”へと移り変わる、
新しい章の始まりだった。
ゆっくりとした歩みのまま、第5章がここで一区切りとなります。
小さな不安や、心の奥の揺らぎも抱えながら、
それでも次の朝に進もうとする気持ちが、少しでも伝われば嬉しいです。
第6章からは、また違った空気とともに――
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
次回も0:00更新でお届けします。
どうぞ、これからもふたりの物語を見守ってください。




