【第74話:眠りの手前で】
一日の終わり、
静かな部屋とやさしい灯りに包まれて、
眠りにつく前の、心の揺らぎと安心を描きました。
【第5章】心のひかりをたしかめて(34話目)
部屋の灯りがひとつ、またひとつと消えていくと、
リビングの静けさがいっそう深くなった。
るなはブランケットにくるまり、
ソファの上でそのまましばらく目を閉じていた。
ハーブティーの余韻が、まだ唇に残っている。
ほんの少しだけ残った甘さと、
深呼吸のたびに胸いっぱいに広がる温もり。
一日の終わりが、静かな余白となって部屋に漂っていた。
キッチンでは、彼が片付けの最後の仕上げをしている。
食器をそっと重ねる音や、
水道の細やかな流れが、静かな夜の空気にやわらかく混じる。
その音を遠くで聞きながら、るなはぼんやりと今日一日を思い返していた。
外からは、もうほとんど車の音もしなくなり、
時折、遠くの犬の鳴き声だけが、夜の深さを知らせてくれる。
どこかで風がカーテンを揺らし、
その気配が部屋の中にも静かに入り込んでくる。
るなはゆっくりと息を吐き、
今日という日が無事に終わったことを、心の奥でそっと確かめる。
何事もなく過ぎた一日が、
今は一番ありがたいと感じられる。
ブランケットの端を指先で撫で、
その感触や、かすかな温度に小さな安心を覚える。
「何も起こらなかった」ということが、
どれだけ大切なことか、こんな夜にはしみじみと思う。
やがて彼がリビングに戻ってきて、
「そろそろお部屋に戻られますか?」とやさしく声をかける。
るなは小さくうなずき、
ブランケットを丁寧に畳んだ。
足元の冷たさに気づいて、スリッパを履く。
廊下にはやわらかな間接照明が灯っており、
その光に導かれるように、寝室へと歩みを進める。
寝室のドアを開けると、
布団の上には今朝きれいに整えたままの毛布が待っていた。
ほんのりとした洗剤の香りが残るシーツに顔をうずめ、
るなは静かにベッドに身を沈める。
天井の淡い影をぼんやりと眺めながら、
今日あった小さな出来事や言葉を、ゆっくりと心の中でなぞっていく。
「おやすみなさい」
彼の声が遠くから聞こえてきて、
るなは小さな声で「おやすみなさい」と返した。
まぶたを閉じると、
今日という日が、静かな余韻とともに心の奥に灯っている。
次の朝も、こんなふうに穏やかに迎えられますように――
るなは祈るようにして、
ゆっくりと眠りの中へ落ちていった。
何も起こらなかった夜が、
いちばんのしあわせに思えるときがあります。
眠りにつく前の小さな安心が、
明日への灯火となりますように。
次回も0:00更新でお届けします。
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