【第70話:陽が傾きはじめる頃】
陽が傾きはじめる午後、
静かな部屋に影が伸びていく――
今日は、夕暮れ前のやさしい時間と、
小さな安心を描きました。
【第5章】心のひかりをたしかめて(30話目)
ソファで過ごしていたるなは、
ゆっくりとカップをテーブルに戻した。
ふと窓の外を見ると、
陽射しの色がほんのりオレンジに近づいていることに気づく。
午後の柔らかな光は、
次第に長い影を部屋の奥まで伸ばしていた。
壁に映るカーテンの揺れも、
昼間とは違った輪郭を持ち始める。
るなは膝にかけたブランケットを軽く整え、
背中をクッションに預け直した。
「……もうすぐ夕方ですね」
小さくつぶやくと、
キッチンで静かに作業をしていた彼が顔を上げた。
「夕方の準備も進めておきますね。
お好きな時間に声をかけてください」
やわらかい声が、安心感を部屋に満たす。
るなは窓辺に目をやりながら、
陽が沈んでいく前のこの静かな空気が好きだと、あらためて思った。
何かを頑張らなくてもいい、
ただ、今の自分をそのまま受け止めてくれるような時間。
外では鳥たちが少しずつ声を潜め、
遠くで車が通り過ぎていく音がする。
それさえも、この家の静けさを際立たせていた。
部屋の空気には、少しだけ夜の気配が混ざりはじめる。
カップの底に少し残ったお茶を飲み干し、
手のひらに温もりが残るのを感じる。
そのぬくもりは、今のるなにとって小さな安心だった。
時計の針が静かに時を刻んでいる。
その音が、ときどき胸の奥に届いて、
今日という一日がゆっくりと終わりに近づいていることを知らせてくれる。
壁に映る影が少しずつ伸び、
リビングの灯りも
やがて必要になる頃が近づいている。
るなは、部屋のあちこちがやわらかい影に包まれていく様子を、静かに眺めていた。
小さな溜息をひとつ吐き出す。
「今日も、無理せず過ごせたな……」
そんなふうに心の中でそっとつぶやく。
彼の気配や家のぬくもりに包まれながら、
るなは、陽が沈みきる前のひとときを
できるだけ長く味わいたいと思った。
窓の外の空は、藍色とオレンジ色のあわいに染まり始めている。
空を見上げると、雲がゆっくりと流れ、
どこか遠くから、夕飯の支度をする匂いも微かに漂ってきた。
何もせず、ただ静かに陽が傾いていくのを見つめながら、
るなは深く息を吐いた。
明日もまた、今日の続きが優しくありますように――
そう願いながら、夕暮れの気配に身を委ねていた。
一日が終わりに近づく時間、
何もせず、静かな空気に身を任せるだけで、
心の奥がゆっくりとほどけていく気がします。
明日もまた、静かな灯火をお届けします。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。




