【第6話:曖昧なぬくもり】
ほんの少しだけ、心が緩んだ朝。
それでも言葉は曖昧で、優しささえ刺さってしまう。
【第2章】灯火が消えそうな夜に(2話目)
朝の陽ざしが、カーテン越しにやわらかく差し込んでいた。
雨宮るなは、ベッドの上で寝返りを打ちながら、ゆっくりと目を覚ます。
スマートフォンを手に取り、昨夜のメッセージを再確認する。
「……まだ、消えてないんだ」
そうつぶやいたのは、夢うつつのせいか、それとも本音だったのか。
自分でも分からなかった。
眠っている気配も、怒りの波もない——
ならば今朝は、大丈夫だろうと判断した。
「失礼いたします。朝食の前に、紅茶をお持ちしました」
久遠明人の声と共に、部屋の扉がそっと開かれる。
彼は、るなが目を覚ましていることを、いつものように“気配”で察していた。
「……もうちょっと静かにしてって、言ったよね」
布団をかぶったままの声。
けれど、そこに怒気はなく、むしろどこか照れ隠しのような響きがあった。
「申し訳ありません、お嬢様」
そう言って明人は、窓辺のテーブルに紅茶をそっと置いた。
スチームの立ちのぼるその香りが、ふたりの間の空気を少し和らげる。
「……昨日の夜の、あれ。勝手に送らないでよ」
るなが言った。布団の中から。
ただの文句のように聞こえたその声は、震えてもいなければ、怒ってもいなかった。
明人は黙って微笑む。
いつものように、何も言い返さない。
「……でも、まあ。ちょっとだけ……助かったけど」
続く言葉に、明人の指先がわずかに動く。
けれど彼は、それでも言葉を選び、礼すら口にしない。ただ、そこに居るだけ。
るなは、それが嬉しいのか、もどかしいのか、自分でも分からない顔で天井を見つめていた。
「そういうの……依存しそうになるから、嫌なのよね」
やわらかくなった声でそう言って、彼女は再び布団をかぶる。
それでも、顔の端が少しだけ、笑っていた。
明人は静かに一礼して、紅茶の香りだけを残して部屋を後にした。
“灯火”は、今日も変わらず——背中越しに灯り続けている。
言葉にしなくても、届いてしまう優しさ。
でも、それを受け取るのが怖くて、曖昧にしてしまう——。
そんな微妙な距離と心の揺らぎが、少しでも伝わっていたら嬉しいです。