【第5話:灯火が消えそうな夜に】
誰にも届かない夜。
けれど、灯火は変わらず、静かにそこに――。
【第2章】灯火が消えそうな夜に(1話目)
雨宮るなは、その夜、部屋の明かりも点けずにベッドにうずくまっていた。
まるで世界と繋がるすべての線を、自分で断ち切ろうとするように。
通知は鳴らない。ツイートにも、返信はない。
けれど、その静寂のなかで、胸元のスマートフォンがそっと震えた。
> 「眠れぬ夜は、どうか無理をせずに。
外は寒いですが、此方は変わらず暖かくお嬢様をお待ちしております。」
DMに表示された一文を、るなはじっと見つめていた。
「……変わらず、って……。ほんと、そうね……」
声に出したところで、それを誰かが聞いてくれるわけではない。
それでも、るなはそう呟かずにはいられなかった。
書斎の前。
久遠明人は、扉越しに足音すら立てずに立っていた。
呼ばれなければ入らない。触れなければ、壊さずに済む。
そう信じて、彼は“灯火”であり続けた。
だが今夜は――
「おやすみなさいませ、お嬢様」
かすかに、そう声に出してみる。
扉の先に届かなくてもいい。ただ、この距離に、彼はいるのだと示すために。
るなはスマホを両手で抱きしめるようにして、ベッドに横たわる。
「……ほんと、ずるいよ。そんな言葉、わたし……ずっと欲しかったのに」
目を閉じる。その頬に流れるものを、もう拭おうともしない。
ただ静かに、久遠明人という存在を思い浮かべながら――
その夜。
久しぶりに夢を見ない眠りへと落ちた少女の心に、確かに灯火は灯っていた。
――背中越しに、ただ、ずっと。
本当は、そばに居てほしい――。
けれど、それを言葉にできない夜だったからこそ。
“背中越し”で在り続けた、明人の灯火を描きました。