【第45話:夕暮れの窓辺で】
沈みがちな午後の時間。
それでも、誰かと静かに過ごすだけで、心の中にやわらかな灯がともることがあります。
今日は、そんな夕暮れのひとときを描きました。
【第5章】心のひかりをたしかめて(4話目)
カーテンの隙間から、夕方の光が部屋に伸びている。
昼下がりからずっと、るなはソファの端で静かに本を読んでいた。ページは思うように進まないけれど、指先が紙の感触を確かめるたび、わずかに気持ちが落ち着いていく。
今日は、いつもよりも心が重たい。
午前中に病院へ行ったばかりで、診察室の言葉が何度も頭の中で繰り返されていた。“双極性障害”という診断。その言葉が、これからの自分にどう影響するのか――まだ、よくわからない。
彼は、キッチンで静かに後片付けをしていた。
カップやお皿が重なる音が、小さく響く。そのたびに、「ここは大丈夫だよ」と背中を支えられているような気持ちになる。
「……何か、食べられそうですか?」
彼がそっと尋ねてきた。
るなは、すぐには返事をしなかった。胸の奥に重たいものが沈んでいる気がして、なかなか声にならなかった。
「……まだ、少しだけ……」
答えながら、顔を上げる。
テーブルの上には、彼が淹れてくれた紅茶が冷めずに残っていた。ゆっくりとカップを持ち上げ、口元まで運ぶ。温度はもうぬるくなっていたけれど、そのぬくもりが今は心地よい。
「無理はなさらず。お薬は、何か口にしてからの方が良いそうです」
彼は、るなの隣にそっと座った。
その距離が近すぎず、遠すぎないのがありがたかった。
「……私、やっぱり何も変わってないかも」
ぽつりとこぼすと、彼は静かにうなずいた。
「ええ。急に何かが変わることはありません。でも――こうして話せていることが、大切だと思います」
ふたりのあいだに、しばし静かな時間が流れた。
外では、鳥の声が遠くに聞こえる。窓の外の空は淡いオレンジ色に染まりはじめていた。
「明日も……ちゃんと起きられるといいな」
その言葉に、彼はゆっくりと視線を窓の外へ向けた。
「朝は、ゆっくり迎えましょう。お嬢様が目を覚ましたときに、また一緒に朝食を」
その約束が、るなには小さな灯りに思えた。
「……ありがとう」
るなは、ようやく小さな声でそう言った。
夕暮れの光のなかで、ふたりの影がそっと重なる。
明日がどんな日になるか、まだ分からない。
けれど――この部屋の灯りの中なら、また歩き出せる気がした。
焦らず、無理せず、ただ目の前の今日を重ねていく。
小さな約束と静かな時間が、るなの心にやさしく寄り添います。
次回も0:00に更新します。どうぞよろしくお願いします。




