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『背中越しの灯火(ひ)』   作者: ふぃりす
【第4章】この灯を、あなたと
39/111

【第39話:ただいま、の声がする場所で】

帰ってきたその場所が、変わらずに迎えてくれること。

そして、ひとつの紅茶の香りが、心の中のざわめきを静かにほどいていくこと。

今日は、そんな「灯の中で息をつく時間」を描いています。

【第4章】この灯を、あなたと(15話目)


玄関の扉が閉まると、外の風の音が静かに遠ざかっていった。


るなは手に抱えていた紙袋をそっと胸元に寄せた。

中には、今日、自分で選んだ紅茶の缶。

たったひとつの、小さな選択。

けれどそれが、思っていた以上に大きなぬくもりになっていた。


「お疲れ様でした、お嬢様」


そう告げる彼の声は、いつもと変わらず静かで、やさしい。

部屋の中には、午前中に開けた窓の名残の風が、まだほんの少しだけ残っている。


「……ふぅ」


靴を脱ぎ、スリッパに足を入れると、

足の裏に感じる床の感触が、どこかほっとさせてくれる。


「お湯、沸かしますね。すぐに用意できます」


彼はそう言って、キッチンへと向かっていった。

ケトルの蓋を開ける音、水を注ぐ音――

その一つひとつが、いつもの暮らしの音としてるなの耳に届く。


るなはリビングの椅子に腰を下ろし、

紙袋から銀色の紅茶缶をそっと取り出した。

缶の表面が部屋の灯りをやわらかく反射する。


「……ちゃんと、選べたんですよ」


誰にともなく、けれど少し誇らしげに、そうつぶやいた。


しばらくして、お湯が沸く音とともに、

青いカップと小さなソーサーがテーブルに並べられる。


「どうぞ。お好きな量で、お淹れします」


彼の手元で茶葉が丁寧にすくわれ、お湯がそっと注がれていく。

ふわりと立ちのぼる甘くやさしい香りが、静かな午後に溶け込んでいった。


その香りが、今日一日をそっと包み込んでくれる気がした。


「……ありがとう、ございます」


るなは、小さな声で、けれどしっかりとそう言った。

彼は、静かにうなずくだけだった。


二人だけの、穏やかな午後。

どこか遠くで、小鳥のさえずりが聞こえていた。


“ただいま”の声がなくても、

この静けさの中で、たしかに「帰ってきた」と思える。

るなは、そう感じていた。

「ただいま」と言わなくても、迎えてくれる誰かがいる。

それが、帰る場所の意味になるのかもしれません。

次回、第4章の最終話となります。どうか最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


なお、次回からは0:00の1話更新となります。ゆっくりとした歩みですが、今後ともよろしくお願いいたします。

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