【第38話:帰る場所があるということ】
歩く距離より、気持ちの距離のほうが
よっぽど長くて、こわいものかもしれません。
それでも、今日はふたりで帰れる道を描きました。
【第4章】この灯を、あなたと(14話目)
通りの角をひとつ曲がって、るなはふと足を止めた。
遠くの建物の影が、少しずつ長く伸び始めている。
「……けっこう、歩きましたね」
ぽつりとつぶやいた言葉に、彼はすぐに返事をせず、
るなの視線の先をそっと追いかけた。
お店を出たあと、ふたりはしばらく並んで歩いていた。
とくに目的地があったわけではないけれど、
角を曲がるたびに見える景色が変わっていくのが、
どこか心地よかった。
気がつけば、朝よりもずいぶん遠くまで来ていた。
最初に扉を開けたときは、ほんの数歩ですら息が詰まりそうだったのに、
今は自分の足で、ここまで歩いてきた。
そのことに気づくと、
少しだけ、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……そろそろ、帰りましょうか」
自分からそう言ったことに、
るな自身がほんの少し驚いた。
けれど、それはちゃんと自然な気持ちだった。
彼は短くうなずいた。
「はい。帰ったら、お湯を沸かしておきます。
カップも、あの青いのがお気に入りでしたよね」
その言葉に、るなは小さく微笑んだ。
さっき買った紅茶の包みをそっと抱えなおす。
両手の中にある重みが、どこか心地よかった。
歩き出すと、道に沿って揺れる木の葉の音が耳に入ってきた。
空は少しずつ夕方の気配を帯びていて、
風の冷たさも、ほんのわずかに変わっている気がした。
「……帰る場所があるって、落ち着きますね」
るながぽつりと言うと、
彼は歩きながら、少しだけ横目を向けた。
「はい。お嬢様が帰ってこられる場所として、
これからも整えておきます」
その言葉が、何気ないようでいて、
胸の奥にじんと染みた。
自分には、戻る場所がある。
たとえ不安になっても、立ち止まっても、
帰ると決めれば、ちゃんと迎えてくれる場所がある。
それだけで、世界の輪郭が少しやわらかくなった気がした。
目的地がなくても、
歩きながら心が少し軽くなることがある。
そして、帰る場所があるというだけで、
世界がすこしやさしく感じられる気がします。
次回も、0:00と0:10に更新いたします。




