【第35話:選ぶということが、少しだけ】
自分で何かを選ぶというのは、
思っているよりも勇気のいること。
今日は、そんな静かな決意の瞬間を描いています。
【第4章】この灯を、あなたと(11話目)
扉を開けた瞬間、ふわりと香ばしい茶葉の香りが広がった。
その空気のやわらかさに、るなはほんの少しだけ、胸の奥がほどけるような気がした。
店内は、想像していたよりも静かだった。
カウンターの奥では店員が一人、穏やかな笑みを浮かべながら作業をしている。
並んだ棚には缶入りの茶葉が整然と並び、
そのラベルの色合いさえ、どこか落ち着きを与えてくれた。
「……いい匂いですね」
るながぽつりとこぼすと、彼はすぐに小さくうなずいた。
「香りも茶葉の一部ですから。店の方も、丁寧に選ばれているようです」
少し安心して、るなは一歩、棚の方へと歩み寄る。
缶には「アッサム」「アールグレイ」「ダージリン」などの名前が並んでいた。
知っているようで、はっきりとは分からない名前たち。
けれどそれらが、まるで静かな会話のように並んでいて、心地よかった。
「お好きな香りがあれば、お声がけくださいね」
カウンターの店員がそう声をかけてくれた。
やわらかな声だった。
けれど、突然の言葉に、るなは少しだけ肩をすくめた。
すぐに彼がそっと前に出る。
「お嬢様は紅茶をお探しでして。少し香りを見せていただけますか?」
その言葉に、店員は笑顔でうなずいた。
棚の奥から、いくつかの缶を持ってきて、ふたを開けてくれる。
香りが、ふわりと広がった。
どれも少しずつ違っていて、るなはそれぞれを静かに受け取っていく。
そして――
三つ目の缶に、るなはそっと手を伸ばした。
「……これ、少し甘い香りがします」
自分で、そう言ったことに驚いた。
けれど、それはたしかに、自分の感覚だった。
その香りを「好き」と思った自分の気持ちだった。
「そちらはルフナですね。やわらかく、ほんのりとした甘みがあります」
店員の説明に、るなは小さくうなずいた。
“選ぶ”ということ。
それが、こんなにも自分の輪郭をはっきりさせてくれるなんて――
思ってもいなかった。
「これが好き」と言えたこと。
それがほんの少し、自分を信じることに
つながっていくのかもしれません。




