【第34話:開けていい扉かどうか】
扉の向こうにあるのは、知らない場所かもしれない。
けれど、その前に立ち止まって考えられることが、
もうすでに、一歩だったのかもしれません。
【第4章】この灯を、あなたと(10話目)
曲がり角をひとつ越えた先に、小さな店舗が見えた。
ガラス張りのドアの奥には、棚が並び、
その間をゆっくりと歩く人の姿が映っている。
るなは、そこで立ち止まった。
目的地は目の前だった。
けれど、足がその先に進まなかった。
店の前には、小さな木製の看板が置かれていた。
「本日のおすすめティー」と手書きの文字。
かわいらしい絵柄も添えられていて、思わず目が止まる。
店内の照明は明るすぎなかった。
人も多くはなかった。
けれど、それでも“中に入る”ということに、少しだけ怖さがあった。
「……ここ、でしたっけ」
問いかける声は、自分でも驚くほど小さかった。
それでも彼はすぐにうなずいた。
「はい。お嬢様が仰っていた紅茶のお店です。
種類も多く、静かな店内ですので、きっと気に入っていただけるかと」
その言葉だけで、ほんの少しだけ心が軽くなる。
けれど、ガラス越しに見える店員の動きや、
商品を手に取っている客の姿が、
るなにはまだ“遠い場所”のように感じられた。
「……入るの、今じゃなくてもいいですか?」
そう口にした瞬間、彼はすぐに返事をせず、
少しだけ間を置いてから、やわらかく言った。
「もちろんです。外から眺めるだけでも、十分に意味はあります」
否定しない。促さない。
ただ、るなの気持ちのままに寄り添うようなその言葉に、
胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。
るなはもう一度、ガラスの扉の向こうを見つめた。
棚の奥には、茶葉の詰まった缶がいくつも並んでいて、
そのラベルの色だけでも、どこか心をほどくような静けさがあった。
「……見てみたいかも、です」
自分でも気づかないうちに、
その言葉は唇からこぼれていた。
彼は何も言わず、ただ一歩だけ先に立つ。
そして、軽くドアの取っ手に手を添えたあと、
すぐにるなの方へと視線を向ける。
ああ――
ここで扉を開けるのは、自分なんだ。
そう思えた瞬間、るなはそっと彼の隣に並び、
もう片方の手で、扉に触れた。
入り口に立つだけでも、十分な前進。
それを待ってくれる誰かがいるだけで、
見えてくる景色は、すこしだけ変わるのかもしれません。
次回も、0:00と0:10に更新いたします。




