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『背中越しの灯火(ひ)』   作者: ふぃりす
【第4章】この灯を、あなたと
34/111

【第34話:開けていい扉かどうか】

扉の向こうにあるのは、知らない場所かもしれない。

けれど、その前に立ち止まって考えられることが、

もうすでに、一歩だったのかもしれません。

【第4章】この灯を、あなたと(10話目)


曲がり角をひとつ越えた先に、小さな店舗が見えた。

ガラス張りのドアの奥には、棚が並び、

その間をゆっくりと歩く人の姿が映っている。


るなは、そこで立ち止まった。

目的地は目の前だった。

けれど、足がその先に進まなかった。


店の前には、小さな木製の看板が置かれていた。

「本日のおすすめティー」と手書きの文字。

かわいらしい絵柄も添えられていて、思わず目が止まる。


店内の照明は明るすぎなかった。

人も多くはなかった。

けれど、それでも“中に入る”ということに、少しだけ怖さがあった。


「……ここ、でしたっけ」


問いかける声は、自分でも驚くほど小さかった。

それでも彼はすぐにうなずいた。


「はい。お嬢様が仰っていた紅茶のお店です。

 種類も多く、静かな店内ですので、きっと気に入っていただけるかと」


その言葉だけで、ほんの少しだけ心が軽くなる。

けれど、ガラス越しに見える店員の動きや、

商品を手に取っている客の姿が、

るなにはまだ“遠い場所”のように感じられた。


「……入るの、今じゃなくてもいいですか?」


そう口にした瞬間、彼はすぐに返事をせず、

少しだけ間を置いてから、やわらかく言った。


「もちろんです。外から眺めるだけでも、十分に意味はあります」


否定しない。促さない。

ただ、るなの気持ちのままに寄り添うようなその言葉に、

胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。


るなはもう一度、ガラスの扉の向こうを見つめた。

棚の奥には、茶葉の詰まった缶がいくつも並んでいて、

そのラベルの色だけでも、どこか心をほどくような静けさがあった。


「……見てみたいかも、です」


自分でも気づかないうちに、

その言葉は唇からこぼれていた。


彼は何も言わず、ただ一歩だけ先に立つ。

そして、軽くドアの取っ手に手を添えたあと、

すぐにるなの方へと視線を向ける。


ああ――

ここで扉を開けるのは、自分なんだ。

そう思えた瞬間、るなはそっと彼の隣に並び、

もう片方の手で、扉に触れた。

入り口に立つだけでも、十分な前進。

それを待ってくれる誰かがいるだけで、

見えてくる景色は、すこしだけ変わるのかもしれません。


次回も、0:00と0:10に更新いたします。

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