【第32話:歩幅を合わせてみたら】
誰かと歩くということ。
それは、足並みを合わせるだけじゃなくて、
同じ景色を静かに分け合うことかもしれません。
【第4章】この灯を、あなたと(8話目)
雨上がりの空は、まだどこか頼りない色をしていた。
けれど足元の道には光が差していて、
それだけでるなは、ほんの少しだけ救われた気がした。
歩き出して数分。
彼はずっと少し前を歩いていた。
先を行くでもなく、並ぶでもなく、
けれど、ふと目を向ければ、すぐに視界に入る距離にいてくれる。
「歩きづらくありませんか?」
そう訊かれたとき、
るなは無意識に少しだけ早足になっていたことに気づいた。
彼に追いつこうとしていたのか、
それとも、今の自分を見てほしかったのか――
自分でも、はっきりとは分からなかった。
「……少し、緊張してただけです」
そう答えながら、歩幅をゆっくりと戻す。
彼もそれに気づいたのか、自然と足を緩めてくれた。
今度は、横に並ぶ。
ほんの一瞬だけ、並んだ影が地面に落ちる。
道端には、水たまりがまだ残っていた。
小さな光が揺れていて、るなはそれを避けながら歩いた。
彼も、同じように避けているのが視界の端に見えた。
空はまだ灰色まじりで、ところどころ雲が薄く切れていた。
けれど、街の屋根の端に差した陽射しが、
その空が“回復していく途中”なのだと静かに教えてくれる。
「風が少し、冷たいですね」
ぽつりとこぼした声に、彼は小さくうなずいた。
「ええ。もう少し歩けば、日なたに出られると思います」
その言葉に、るなはそっと前を見た。
たしかに、通りの向こう側には陽が当たっていた。
遠すぎない距離に、ちゃんと光がある。
足音はふたつ、静かに続いていく。
喧騒もない。会話もない。
けれど、その沈黙すら心地よかった。
「……歩けてますね、わたし」
自分でも驚くほど自然に出たその言葉に、
彼は少しだけ、横顔を向けた。
表情までは見えなかったけれど、
その気配だけで、るなはすこしだけ笑った。
今日という日は、ただ歩いているだけ。
けれどそれが、昨日よりずっと遠くまで来られた証のように思えた。
今日という朝は、特別なことは何もなかったかもしれません。
けれど「ただ歩けた」という小さな確かさが、
少しだけ心をあたたかくしてくれる気がします。
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静かにそっと残していただけたら嬉しいです。
次回も、0:00と0:10に更新いたします。




