【第31話:はじめの一歩を、あなたと】
扉を開けるということは、
小さな一歩のようでいて、心の中ではとても大きな変化なのかもしれません。
今日は、その最初の一歩をそっと描いてみました。
【第4章】この灯を、あなたと(7話目)
扉の前に立ったまま、ほんの少しだけ間が空いた。
るなはドアノブに添えた指先から、じんわりと緊張が広がっていくのを感じた。
手をかけたのに、回す力がこもらない。
外の空気がどんなものだったか、思い出せなくなっていた。
「……大丈夫ですか?」
彼の声が、すぐそばから届く。
その響きは変わらず穏やかで、急かすことも、励ますこともなかった。
ただそこに“いてくれる”というだけで、少しずつ体が動き始める。
「はい……大丈夫、です」
小さな返事と同時に、るなはドアノブをゆっくりと回した。
カチャ、と音を立てて、扉が開く。
そこには朝の光と、少しひんやりとした風。
ほんの少しだけ湿った匂いが混ざっていて、
雨上がりであることを静かに告げていた。
一歩、足を出す。
廊下ではなく、外の地面に足を置く感覚。
柔らかくはないけれど、確かな感触がそこにあった。
「お気をつけください。足元が滑りやすいかもしれません」
彼がそっと一歩前に出て、道を確認する。
るなは少し間を置いてから、その背中に続いた。
数歩だけの差なのに、その距離がとても大きく感じられた。
外は思っていたよりも静かだった。
人の声も、車の音も遠くて、まるで世界の音が少しだけ絞られているようだった。
歩きながら、るなは自分の手元を見つめた。
自然と指が少しだけ揃っていて、緊張を隠すように握られている。
「……あの」
彼がふと、振り返らずに言った。
「歩きづらければ、無理はなさらずに。ゆっくりで大丈夫です」
その言葉に、るなはほんの少しだけ足を止めた。
自分が思っていた以上に、ちゃんと見ていてくれていること。
それを知るだけで、また少しだけ前へ進める気がした。
「……はい、ありがとう。歩けます」
声はまだ小さく震えていたけれど、足取りは少しずつ軽くなっていた。
初めての一歩を、彼と一緒に踏み出せた朝。
それだけで、世界がほんの少しだけ、やさしくなった気がした。
外の世界に踏み出すのは、勇気のいること。
でも、その隣に“いてくれる誰か”がいるだけで、
景色が少しだけやさしく感じられる朝があるのだと思います。




