【第3話:光の裏にある影】
るなの配信には、表の顔と裏の心がありました。
短い時間でも、誰かに見ていてもらえること――
それが彼女の“今日を生きる理由”になることもあるのです。
【第1章】黙って見てるだけの距離(3話目)
「こんばんは、……聞こえてますか?」
スマートフォンの画面に映る自分を見つめながら、るなはかすかに笑みをつくった。
優しいフィルターが、目の下の影をなだらかにぼかしてくれる。
その向こうには、いくつかの視聴者の名前と、小さなハートマーク。
「今日は、あまり何もなかったけど……ちょっとだけ、話したくなって」
その言葉の途中で、一瞬だけ声がかすれた。
誰にも気づかれないよう、咳払いをひとつ。
るなの配信は、いつも短い。
5分話すこともあれば、2分で終わることもある。
内容はほとんど、なんでもない日々のつぶやき――けれど、それが彼女の“息継ぎ”だった。
画面の向こうに誰かがいると思うだけで、ほんの少し呼吸がしやすくなる。
でも、それが続く保証はどこにもない。
「……あの、今日も見てくれてありがとう。おやすみなさい」
画面を閉じたあと、るなはしばらく手を伸ばしたまま、動かなかった。
部屋の静けさが急に押し寄せてくる。
「……あー、やっぱり。ちょっと、しんどいな」
小さくそう呟いて、膝を抱える。
明るい声の裏にある、この静寂を誰かが知ることはない。
その夜も、久遠明人はスマートフォンの通知を眺めていた。
彼女の短い配信、そのあとに続く沈黙。
彼は何も言わず、ただ“いいね”を押した。
それが、彼にできるすべてだった。
明るく見える配信の裏に、ふと現れる影。
るなの小さな“しんどさ”が、そっと伝わっていたなら嬉しいです。
ふたりの心の温度を、また感じに来てくださいね。