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『背中越しの灯火(ひ)』   作者: ふぃりす
【第4章】この灯を、あなたと
29/111

【第29話:近づいてみたくなる朝】

静かな朝の中で、

ふたりの距離はゆっくりと揺れています。

小さな決意が、

そっと心に灯る朝の一場面をお届けします。

【第4章】この灯を、あなたと(5話目)


時計の針が、静かに午前を刻んでいく。

るなはカップを両手で包みながら、あたたかさの抜けていく感覚をぼんやりと見ていた。


今朝は、彼がキッチンで紅茶を淹れてくれた。

「お砂糖は、少しでよろしいでしょうか」

そう訊かれて、小さくうなずいた自分が少しだけ恥ずかしかった。


ふたりきりの朝。

話しかけるべきか、話しかけないままでいいのか。

沈黙のあいだにも、時間だけは確かに進んでいく。


「……午前も、ゆっくり過ぎていきますね」


勇気を出して声にしたのは、それだけだった。

それでも彼は、少しだけ間を置いてから、丁寧にうなずいた。


「はい。昼食のご用意は、いつ頃がよろしいでしょうか」


変わらない口調。変わらない返事。

だけど、そうしてくれること自体が、やっぱり嬉しい。


それでも、どこか物足りなさを感じる自分がいる。

わがままだとわかっている。

でも、せめて。ほんの少しだけでいい。

「今日は何を食べたいですか」って、訊いてくれたら嬉しかったのに――


そんなことを思ってしまった自分に、また苦笑いがこぼれた。

求めるようになったのは、きっと悪いことじゃない。

それだけ、安心できるようになったということだから。


るなは空になったカップをソーサーに戻す。

音は控えめで、でもたしかにそこに存在していた。


「……今日、買い物に行ってもいいですか?」


自分でも驚くくらい自然に口をついて出た言葉に、

彼は、少しだけ目を見開いたようだった。

けれどすぐに、いつも通りの穏やかな声で返してくる。


「かしこまりました。ご希望の時間があれば、仰ってください」


まっすぐな返事だった。

けれどその奥に、ほんの少しだけ“うれしい驚き”が混じっていた気がして、

るなは心の中で、小さくガッツポーズを作った。


何かが変わったわけじゃない。

でも、変わっていくかもしれないと思えた。


そんなふうに思える朝は、少しだけ好きになれそうだった。

言葉は少なくても、確かに伝わることがある。

少しだけ動き出したるなの気持ちが、

次の一歩につながっていきますように。

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