【第19話:あたしが、先に起きてたんだから】
変わらない毎日の中に、
ほんの小さな“変えてみたい気持ち”が生まれる朝。
るなはそっと、先に紅茶を淹れてみた。
【第3章】ほんの少し、言葉になる(10話目)
その朝、るなが先に目を覚ました。
まだ薄暗いリビング。
カーテンの隙間から入る光が、壁に淡くにじんでいた。
いつもなら、目を開けたときにはすでに香りが漂っていて、
リビングのどこかに、静かな足音が響いているはずだった。
でも今日は、その“気配”がなかった。
ふと目を向けると、キッチンの棚に置かれたティーカップとポットが目に入る。
昨日、紅茶を淹れたときの感触が、少しだけ指先に残っていた。
「……別に、今日もやってみてもいいかも」
誰に言うでもなく、るなはそっとカップを取り出す。
ミルクは入れない。今日もシンプルに。
不慣れな手つきのわりに、
紅茶の湯気はゆっくりと立ちのぼっていた。
明人が足音を響かせて廊下から姿を見せたとき、
すでにテーブルの上には湯気が立っていた。
「おはようございます、お嬢様」
「……おはよう。ていうか、今日はあたしが先に起きてたんだから」
「失礼いたしました」
そう言って微笑んだ明人に、
るなは一瞬だけ顔を背けた。
でもその耳は、少しだけ赤く染まっていた。
二人分のカップ。
注がれた紅茶。
言葉にしない気持ちが、今日もそっと、湯気になって立ちのぼっていた。
(続く)
先に起きて、先に用意して、先に言葉を交わす。
それはきっと、“いつもの順番”を少しだけ変えてみたるなの勇気だった。
ここまで読んでくれた方、ありがとう。