【第17話:そんなふうに言わないで】
たった一言でも、思いがけず心に触れてしまうことがある。
るなの言葉に、ふたりの間にそっと波紋が広がる。
【第3章】ほんの少し、言葉になる(8話目)
るなは、朝食を終えたあと、ふと背を向けたままつぶやいた。
「……私って、めんどくさいよね」
明人は、一瞬だけ動きを止めた。
彼女の声には、冗談のような軽さと、
その奥に沈む何かが、微かに滲んでいた。
「お嬢様は、お嬢様です」
淡々と返されたその言葉に、るなは振り返らなかった。
でもその背中が、ほんの少しだけ強張った。
「……そういうの、やめてよ」
「何を、ですか」
「“お嬢様はお嬢様です”とか、そういう言い回し。
……なに考えてるか分からなくなる」
その声は、怒っているわけでも、責めているわけでもなかった。
ただ、少しだけ、傷ついた人の声だった。
明人は答えずに、静かに一礼した。
しばらくして、るなが椅子に座りなおす。
湯気の消えかけた紅茶を手に取りながら、ぽつりとつぶやいた。
「……私、嫌なこと言ったかも」
その言葉には、どこか独り言のような、救いを求めるような響きがあった。
明人は答えない。
けれど、るなのカップの中に、そっと温かいおかわりが注がれる。
それが、彼の返事だった。
(続く)
「めんどくさいよね」と笑ってみせたその奥に、
ほんの少しだけ、傷があった。
でも、返されたのは温もりだけ――
それが、るなをそっと救っていた。
ここまで読んでくれた方、ありがとう。