【第15話:気配のない静けさ】
いないことに気づいたとき、
はじめてその存在の大きさに気づくことがある。
るなにとって、今日はそんな朝だった。
【第3章】ほんの少し、言葉になる(6話目)
その朝、るなが目を覚ましたとき、屋敷の中はいつも以上に静かだった。
時計の音だけが、部屋の空気を刻むように響いている。
「……明人?」
名前を呼ぶつもりはなかった。
けれど、その声は自然と口をついていた。
キッチンも、廊下も、リビングも。
どこか、少しだけ“空っぽ”だった。
「いないだけで、こんなに静かなんだっけ……」
呟いたその声も、やけに大きく感じられた。
るなは、ふとソファに座り込む。
何をするでもなく、ただぼんやりと空間を見渡す。
コップに水を注いでみる。
けれど、その音さえ、なんだか落ち着かない。
明人がいる時の静けさは、
ただの“音がない”とは、少し違っていた気がした。
呼吸の間に、誰かが“在る”という気配。
それが、思った以上に自分の中に根を張っていたのだと、今になって気づく。
「……あんたの気配って、こんなにも在ったんだね」
言葉は、誰にも届かない。
けれど、それを口にしたことで、るなは少しだけ肩の力が抜けた。
明人は買い出しに出ていただけだった。
まもなく扉が開き、淡い香りとともに、彼が戻ってくる。
「ああ、お帰り。……遅かったね」
それは、少しだけ“待っていた”人の声だった。
(続く)
いつもの静けさと、誰もいない静けさは違う。
気配のない空間に、
るなは明人という灯火のあたたかさを思い出していた。
ここまで読んでくれた方、ありがとう。