【第13話:何かを返したくなる朝】
もらい続けるだけでは、苦しくなるときがある。
それを言葉にできないまま、るなは今日、小さな“返す気持ち”を見つけた。
【第3章】ほんの少し、言葉になる(4話目)
朝の光が、窓から斜めに差し込んでいた。
いつもと変わらないリビング。
けれど、るなの目には、それがほんの少しだけ違って映っていた。
テーブルの上には、明人が置いたままにした小さな本。
るなはそれに目を留める。
「……読んでるの?」
明人がキッチンから顔を出す。
「はい。夜、少しだけ。灯りの下で読むと落ち着きますので」
「ふーん……静かなのが、好きなんだ」
「お嬢様も、そうでいらっしゃいますから」
返ってきたその言葉に、るなは何も言わず、ただ少しだけ視線を逸らした。
しばらくして。
るなは棚の中を漁って、小さな布のしおりを取り出した。
使い古されて、少しだけほつれている。
でも、どこか温かみのあるそれを、るなはテーブルに置いた。
「これ……あげるとか、そういうんじゃないけど。
たまたま見つけただけ。使うなら、どうぞってだけだから」
明人は、しおりを手に取り、丁寧にうなずいた。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「……だから、あげるって言ってないってば」
小さな声で、るながそう返す。
でもその声は、昨日よりもずっと柔らかかった。
ほんの少しずつ。
“渡される側”から、“渡す側”へ。
るなの心が、わずかに動いた朝だった。
(続く)
「使うならどうぞ」
それだけで伝わる“気持ち”がある。
ほんのわずかでも、自分の手から渡すということ――
るなにとって、それは初めての優しさのかたちだった。
ここまで読んでくれた方、ありがとう。