【第12話:わからないまま、渡されたもの】
言葉にならない感謝。
伝えたくないわけじゃないけど、伝えるのが怖いから、
今日もるなは、目を逸らしたまま受け取る。
【第3章】ほんの少し、言葉になる(3話目)
るなが紅茶に口をつける前に、ふと何かを思い出したように止まった。
「……いつも、これ。淹れてくれてるの?」
明人は穏やかに一礼する。
「はい。朝は必ず、お嬢様に合う味にしております」
「へぇ……気づかなかった。いや、気づいてたけど、ちゃんと聞いたの初めてかも」
るなの声は、気怠げで、それでいてどこか柔らかかった。
机の上には、いつものティーカップと、ひとつの包み。
明人がさりげなく置いたそれに、るなが気づく。
「……なにこれ?」
「文房具でございます。お嬢様の万年筆、インクが切れておりましたので」
「……ああ、あれね」
手に取って眺めながら、るなは小さく息を吐いた。
「いつの間に見てたの? あれ、ずっと引き出しにしまってたのに」
「偶然です。掃除の際、目に入りましたので」
「ふーん……ほんと、いつの間にか全部見てるよね、あんた」
そう言いながら、るなは包装をほどいた。
中から現れたのは、深い青の小瓶と、ガラスペン。
目を細めてそれを見つめる。
「……これ、好きな色」
明人はそれに何も答えなかった。
ただ、その瞬間の“沈黙”こそが、彼なりの返事だった。
小さな音でインク瓶の蓋が閉じられる。
「ありがと。……とか、言わないけど」
るながぽつりと呟いたその言葉に、
明人は静かに一礼した。
それでも、ほんのすこしだけ。
空気が、今日の光が、ふたりの間を柔らかくしていた。
(続く)
「ありがとう」じゃない。
でも、それでも、確かに受け取っている。
そうやって、少しずつ――ふたりの間に、“色”が差し始めました。
ここまで読んでくれた方、ありがとう。