【第108話:眠れぬ夜、見守りの静けさ】
夜が深まり、静けさと孤独の中で眠れずにいるるな。
明人の気配とやさしい声、長い夜の時間――
見守られながらも、心はまだ凍りついたまま。
そんな夜の空気と淡い祈りを丁寧に描きました。
【第7章】こころ、沈みゆく底で(5話目)
夜が深くなり、部屋の中はひときわ静まり返っていた。
窓の外には街灯の淡い光がにじみ、カーテンの隙間から、青白い夜気がじわりと差し込む。
るなは布団の中で身を丸め、目を閉じてもなかなか眠りに落ちることができなかった。
遠くで車が一台だけ通り過ぎる音。
誰かの足音も、テレビの音も、もう何も聞こえない。
ただ時計の針の規則正しい音だけが、夜の静けさの中に小さく響いていた。
眠ろうとしても、頭の中は静かな波紋が広がるばかり。
今日もまた何もできなかった自分への情けなさや、
明日はほんの少しでも動けるだろうかという不安と焦り――
そのどれもが、心の奥で絡まり合っていた。
ふと、寝室のドアがわずかに開いて、明人のやさしい声がそっと届く。
「るなさん、お水をここに置いておきます。何かございましたら、いつでもお呼びください」
その言葉に、るなは小さくまばたきをするだけで精一杯だった。
それでも、明人が部屋の入口に気配だけを残し、見守ってくれていることが、
暗い夜のなかで唯一の支えに思えた。
布団の中、手足をぎゅっと小さく折りたたみながら、
目を開けて天井の模様をぼんやりと見つめる。
涙も、怒りも、喜びも――
どれも遠く、感情のすべてが凍りついたまま時間だけが流れていく。
窓の外の風が、カーテンをかすかに揺らす。
それにさえ、心はまったく反応しなかった。
(このまま朝が来なければいいのに)
そんな諦めと、
(それでも、きっと朝は来てしまう)
という受け入れるしかない淡い祈りとが、交互に胸の奥をよぎった。
やがて明人の足音が遠ざかり、寝室の扉が静かに閉じられる。
その瞬間、ほんのわずかに息を吐く自分がいた。
ひとりきりの夜は怖いはずなのに、
誰かが見守ってくれているという小さな温もりだけは、
どこか心の奥に残っていた。
るなはもう一度目を閉じ、呼吸を整える。
眠気はなかなか訪れなかったが、
それでも、布団の中で静かに時間が過ぎていくのを受け止めていた。
どこまでも長い夜――
けれどその長さの奥に、かすかな安堵の影が重なっていた。
遠くで夜明け前の鳥が、一羽だけ小さく鳴く。
そのかすかな音に耳を澄ませながら、
るなはやがて、静かな眠りへと身を沈めていった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
眠れない夜も、誰かの見守りや小さな気配が、
るなの心にかすかな温もりを残していきます。
静かな夜の奥で、やがて朝へ向かう微かな希望も――
引き続き、るなの時間をそっと見守っていただけたら嬉しいです。