【第107話:沈黙の夕暮れ、揺れる思い】
今日は、夕暮れから夜にかけての、るなの静かな心の揺れを描きました。
部屋に差し込む夕陽や外の音、そして明人の静かな寄り添い――
何もできずに迎える夜、その奥にある痛みと優しさの時間です。
【第7章】こころ、沈みゆく底で(4話目)
日が傾き、窓の外の光がゆっくりとオレンジ色に変わりはじめる。
るなはまだ布団の中で丸くなり、変わらない天井をぼんやりと見つめていた。
時折、部屋の隅に柔らかな夕陽が差し込む。
その光すら、いまのるなにはどこか遠いもののようだった。
キッチンからは、鍋が静かに煮える音や、食器の触れ合う微かな音が伝わってくる。
明人が夕食の支度をしているのだろう。
けれどその気配も、今日は遠く、
自分だけが取り残されているような感覚が胸の中に広がっていた。
布団の温もりだけが、唯一のよりどころ。
外からは犬の鳴き声や、遠く子どもたちの笑い声。
夕方の空気を伝って流れてくるそうした日常の音も、
今のるなには、どこか現実味がなかった。
(このまま夜になれば、何も考えずにまた眠れるだろうか……)
そんなことをぼんやりと思いながら、
るなはもう一度うつろに目を閉じる。
昼間や昨日の記憶も、すべてが遠い霧の向こう側のことのようだった。
やがて、廊下の向こうから明人の落ち着いた声が静かに響く。
「るなさん、お食事のご用意ができております。
無理をなさらず、召し上がれそうでしたらお声がけくださいませ」
その響きには、急かさない静かな思いやりが滲んでいた。
返事をしようとしても、喉の奥で言葉が絡まってしまい、
声は小さく吸い込まれて消えていく。
ただ、短く息を吐くだけだった。
返せないことへの小さなうしろめたさ、
“また今日も、何もできなかった”という焦り――
それらが胸の奥に静かに積もっていく。
それでも明人は、そっと気配だけを残し、扉の向こうで見守り続けている。
ベッドの中、ふいに涙がこみ上げてきそうになるが、
それすらも途中で止まってしまう。
心のどこかが冷たく固まって、感情の出口を閉じてしまったようだった。
夕暮れが夜へと移り変わり、窓辺の光も徐々に青みを帯びていく。
部屋の奥には静かな影が伸び、やがて壁のシミも見えなくなる。
外の街灯が灯るころ、るなはもう一度目を閉じ、
何も考えないまま、ただ時間が静かに流れていくのを受け止めていた。
時計の針が刻む音、遠い世界の気配――
それらをぼんやりと感じながら、るなは布団の中で静かに夜を迎えていく。
“明日こそ、少しは動けるだろうか”
そんな淡い願いも、どこか遠くのものに思えてならなかった。
今日もまた、るなは布団の中で静かに夜を迎えようとしていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
「今日は何もできなかった」といううしろめたさや、
それでも見守ってくれる人の気配。
夜が深まるなかで、るなの心は静かに揺れ続けます。
次回もまた、沈黙の時間と小さな願いを丁寧に紡いでいきます。
どうか引き続き見守っていただけたら嬉しいです。