【第106話:静止した午後、遠い日常】
今日も、るなが布団の中から動けないまま迎える午後を描きました。
部屋の静けさ、遠い日常の音、そして「何もできない自分」への戸惑い――
小さな痛みや焦りを、そのまま言葉にしています。
【第7章】こころ、沈みゆく底で(3話目)
時計の針が昼を過ぎた頃、部屋の中の明るさが少しだけ変わった。
けれど、るなはまだ布団の中から動くことができず、
重いまぶたを閉じたり開いたりしながら、静かに時間の経過をやり過ごしていた。
外の世界では、何も変わらず日常が流れている気がした。
近くの道路からは、時折車の音が遠く響き、
どこかの家の洗濯機が回る低い音が、かすかに窓越しに伝わってくる。
そうした生活の音が、今のるなには“自分と無関係なもの”に思えてならなかった。
毛布の中、身体は汗ばむほど暖かいのに、
心の奥は氷のように冷たかった。
腕を少しだけ伸ばしてみても、
すぐに力が抜けて、また身体を小さく丸めてしまう。
「このまま何もしなくても、世界は勝手に進んでいくんだ」
ぼんやりとそんなことを思った。
ふと、扉の向こうから明人の足音が近づき、
「何か食べられそうなものがあれば、声をかけてくださいね」
とやさしい声が静かに響く。
それに返事をする力もなく、
ただ布団の中で、るなは静かにまぶたを閉じる。
頭の中では、昨日までの記憶がぼんやりと揺れていた。
あれだけ動きたかった自分、いろんなことに興味を持てた自分――
どれも今の自分とは、遠い存在のように思えた。
“もう二度と元に戻れないんじゃないか”
そんな不安が、胸の奥でゆっくりと広がっていく。
時計の針が午後を刻む音だけが、
しんとした部屋の中で、規則的に響いている。
何もせず、ただ時間が過ぎることに、
うしろめたさと小さな焦りがじわじわと積もっていった。
外の光が少し傾き、
窓辺のカーテンの隙間から、淡い陽射しが床に差し込む。
その光も、いまのるなにはただ眩しすぎて、
思わず顔を背けてしまう。
ふと、布団の隙間から手を伸ばしてみた。
届くのは、ただ空気の冷たさだけ。
“何かを感じたい”“何かをつかみたい”――
けれど、どれも指先からすり抜けていく気がした。
自分の世界だけが、静止したまま取り残されている。
何もできないことへの恥ずかしさや、
「これでいいのか」という戸惑いが、
胸の奥に静かに降り積もっていく。
そう思いながら、るなはもう一度目を閉じる。
頭の奥で、小さな痛みが静かにうずき続けていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
動けない時間の中で積もるうしろめたさや、不安。
でも、それも“底”を生きるるなの大切な一部です。
次回もまた、静かな部屋とるなの心をそっと見守っていただけたら嬉しいです。