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『背中越しの灯火(ひ)』   作者: ふぃりす
【第7章】こころ、沈みゆく底で
105/111

【第105話:静けさのなかで、耳を澄ませて】

今日は、動けないまま迎える午前の時間を描きました。

外の音や明人の気配がどこか遠く感じられ、

ただ布団の中で静かに耳を澄まするなの心――

小さな焦りや、甘えたい気持ち、そのどちらも丁寧に描いています。

【第7章】こころ、沈みゆく底で(2話目)


窓の外から、やわらかな光が少しずつ部屋に差し込んでいた。

るなは、まだ布団の中で身体を丸めたまま、時折、遠くの物音に耳を澄ませていた。

天井のシミをぼんやり眺め、まぶたを閉じては、またそっと開ける。


時計の針の音、遠くを走る車、誰かの話し声――

それらはすべて、ガラス一枚隔てた向こう側の世界の出来事のようだった。

自分だけが止まってしまったみたいで、どこか取り残されたような気がした。


明人が廊下を通る足音。

キッチンで何かを温める音。

それらも、今日はなぜか遠く、靄がかかったようにぼやけて聞こえる。

「……るなさん、コーヒーを淹れました。あとで、飲めそうだったらで大丈夫ですよ」

やさしい声が、扉越しに響く。

返事をしようと思ったけれど、言葉が口の中で溶けてしまい、

ただ、静かに息を吐いた。


温かい香りが、わずかに部屋の中に漂ってきた。

それだけで、ほんの少しだけ胸の奥が柔らかくなる気がした。

けれど、身体はまだ動かない。

毛布の感触と、自分の心音だけを頼りに、もう一度目を閉じる。


“このまま、何もしないでいられたら楽なのに”

そんな思いと、“いつか動き出さなきゃいけない”という焦りとが、

交互に胸の中を漂っていく。


寝返りを打とうとするけれど、

肩も背中も重たくて、少しだけ動いたところでまた静止してしまう。

昨日の自分なら当たり前にできたことが、

今日はどうしても、うまくいかない。


窓辺のレースのカーテンが、わずかな風でふわりと揺れた。

光の粒が、淡く床に落ちていくのが見える。

その美しさにさえ、今のるなには手が届かなかった。


ほんの少し前まで、“動きたい衝動”が身体を満たしていたのに――

今はその名残だけが、遠い記憶のように胸の奥に漂っている。


「……あと少しだけ、このままで」

心の中でそっとつぶやく。

自分を甘やかしている気がして、

でも今は、それ以上何もできなかった。


外の世界は、ゆっくりと動いている。

家の外から、どこか遠くで子どもたちの遊ぶ声がかすかに聞こえてくる。

日常の音が、薄い膜を通して流れてくるような、そんな午前。


るなの時間だけが、今日も止まったままだった。

でも、その止まった時間の奥底で、

ほんのわずかに「何かが変わるかもしれない」と願う自分がいることに、

るなはまだ、気づいていなかった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

誰ともつながれないような静けさの中でも、

るなの心の奥には、まだ動き出せない願いや小さな希望の種が眠っています。

次回もまた、るなの“止まった時間”をそっと見守っていただけたら嬉しいです。

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