【第104話:朝の気配、動けないままで】
第7章「こころ、沈みゆく底で」の始まりです。
今日は、るなが“何もできない朝”を迎える場面。
重たい布団の中、外の世界や日常の音が遠く感じられる――
そんな心の底で静かに沈む感覚を、丁寧に描きました。
【第7章】こころ、沈みゆく底で(1話目)
夜が明けきらない部屋の中。
るなはベッドの中で目を開けても、天井の薄暗さがどこか現実とは思えなかった。
時計の秒針の音だけが静かに響き、カーテンの隙間から滲む朝の光も、どこか遠い場所の出来事のように感じる。
昨日までの空気や余韻は、すでに遠ざかり、
布団に包まれた身体だけが静かに沈みこんでいた。
身体は鉛のように重く、手足は思うように動かない。
息をするたび、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようで、呼吸さえも浅く感じる。
「……おはよう」
心の中でだけ呟いてみる。けれど、その声すらどこかぼんやりと曇っている。
寝返りを打つことさえ億劫で、
布団の中で丸まるだけの朝。
窓の外では鳥が鳴いている気配があったが、
その音も、まるでガラス越しの別世界のことのようだった。
明人の気配が、遠くキッチンから漂ってくる。
カップを置く小さな音や、パンの焼ける香り――
日常のすべてが、今日は自分から何歩も遠い場所にあるように思えた。
“起きなきゃ”“顔を洗わなきゃ”
頭のどこかでぼんやり浮かぶけれど、
身体は一向に動かず、ただ時間だけが過ぎていく。
「るなさん、起きられそうですか?」
廊下越しのやさしい声が、遠くから響いてくる。
でも、返事ができない。
まぶたを閉じても、眠気は戻ってこない。
ただ、心の底の冷たさだけが静かに広がっていく。
思い切って布団の中から腕を出してみるけれど、
すぐに力が抜けて、また身体を丸めてしまう。
“何もしたくない。何も感じたくない。”
そんな思いを、さらに遠くから眺めているもうひとりの自分がいる。
どれだけ時が過ぎても、
布団の重さと静寂だけが、ただ、静かに、るなを包んでいた。
目を閉じたり、天井のシミを数えたりしても、
どんなふうにも時間が流れず、ただ朝が過ぎていく。
外では誰かの自転車のベルが鳴った。
日常の音が、ここだけを避けて流れていくようだった。
カーテンの向こう、外はもうすっかり朝なのに、
るなにはまだ、世界が始まったような気がしなかった。
自分の中だけに沈み込むような、
そんな長い、長い朝だった。
目を閉じて、耳を塞いでも、
ただ“何もしたくない”という重たい思いだけが、
胸の奥に静かに降り積もっていくのだった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
何もできず、何も感じられない朝――
るなの孤独と無力感が続く時間ですが、
それでも胸の奥に積もっていく感情を、これからも一つずつ見つめていきます。
次回もまた、るなの心に寄り添っていただけたら嬉しいです。