【第103話:静かな夜の底、朝を待ちながら】
第6章の最終話です。
高揚の波が静かに消え、“空っぽ”になった夜の底――
誰かの見守りをほんの少し感じながら、
るなは静かな静寂と、やがて訪れる新しい朝を待つことになります。
静かな章の締めくくり、最後まで見守ってくださりありがとうございます。
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(24話目/章ラスト)
夜が深く、静かに部屋を包み込んでいる。
るなはベッドの中で目を閉じ、薄暗い天井をぼんやりと見上げていた。
外から聞こえるのは、ときおり車が通り過ぎる音と、遠くで犬が一度だけ鳴く声だけ。
昼間に感じていた“空白”は、今は静かな静寂に変わっていた。
明人が静かに寝室のドアを開け、「おやすみなさい」と優しく声をかけてくれる。
布団をそっと整えられた感覚が、遠くで微かに伝わる。
その言葉も温もりも、今夜は少し遠い世界の出来事のように思えた。
けれど、完全にひとりきりになったわけではない――
(誰かがそばに居てくれる)
その小さな安心だけは、心の底で微かに残っている。
何もしたくない。
何も感じない。
“空っぽ”のまま静かに横たわり、ただ呼吸だけが規則正しく続いている。
思考はゆっくりと沈んでいき、心の中の色彩が少しずつ消えていく。
(このまま、ずっと朝が来なくてもいい――)
そんな諦めに近い思いさえ、静かな夜には自然に溶けていく。
けれど、暗闇の中で耳を澄ますと、
どこか遠くで時計の針の音が小さく響いていた。
時間だけは淡々と進んでいく。
るなはふと、まだ胸の奥にほんの小さな“光”のようなものが、消えずに残っていることに気づく。
涙も出ない。笑顔もない。
ただ静かに、自分自身の輪郭だけを感じている。
窓の外は静まり返り、ときおり風がレースのカーテンをそっと揺らす。
そのかすかな動きにさえ、夜の深さが沁み込んでくる。
けれど、「見守ってくれている存在」がどこかで自分を包んでくれている――
そう思えた瞬間、心が少しだけゆるむ。
布団の中で身体を丸め、静かな夜の底に身を委ねる。
“波”が完全に終わり、何もかもが沈黙の中に落ち着いていく。
その静けさの中で、るなは自分自身をそっと受け入れていた。
窓の外は、春の夜明け前の薄い闇。
新しい朝が、どこか遠くで少しずつ近づいている気配がある。
今はまだ、動き出す力も、願う気持ちも持てない。
けれど、
(また朝が来る。ここから始めてみよう)
心の奥でほんの小さな祈りが、静かに芽を出していた。
眠りに落ちるその直前、
るなは、見守られる静けさのなかで――
そっと“また始まる日々”を待っていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
「こころ、ふわりと浮かんで」――
この6章を通じて、るなは軽躁の波と回復、そして波の終わりを静かに受け止めてきました。
夜の静寂と“見守られる安心”の中で、
彼女は新しい朝を迎える準備を始めます。
次章では、鬱の底から見上げる日々を、また丁寧に描いていきます。
これからも、るなの心の揺らぎをそっと見守ってもらえたら嬉しいです。