【第102話:沈む夕暮れ、波の終わり】
今日は、4日目の夕方から夜にかけて――
るなの心にじわじわと広がる静けさと、「波の終わり」をしっかりと受け止める時間を描きました。
明人の静かな寄り添いと、夜の部屋の空気。
何もしたくない、何も感じない――そんな自分を、るなが初めて静かに見つめています。
夕方、窓の外には淡いオレンジ色が残っていた。
空はゆっくりと群青に染まり、雲の端がやさしく輝いている。
るなはリビングのソファに身を沈め、ぼんやりと膝を抱えていた。
昼間の“空白”は、いまや胸いっぱいに広がっている。
何かをしたい衝動も、ほとんど感じなくなっていた。
身体は鉛のように重く、ただ呼吸だけが静かに繰り返されていく。
部屋の中には、明人がキッチンで鍋をかき混ぜる音が響く。
そのリズムだけが、生活の続きであることを教えてくれた。
「夕ご飯、食べられそうですか?」
「……少しだけなら」
るなはかすかに声を出してみるけれど、
その響きも自分から遠く離れていくようだった。
テーブルについても、箸を持つ手に力が入らない。
明人がよそってくれるスープや温かい料理の味も、どこか薄く感じた。
咀嚼するたび、空っぽになった胃袋だけが静かに動く。
「無理しなくていいですよ」
明人の穏やかな言葉が、部屋の静けさの中に溶けていく。
食事を終えたあと、るなはすぐに立ち上がる元気もなく、
しばらくテーブルにうつ伏せていた。
ふと窓の外を見れば、街の明かりが一つまた一つと灯りはじめている。
日が暮れていくのを、ただ眺めていることしかできなかった。
明人はそっと椅子を引き、るなの隣に座る。
「今夜は、もうベッドで休みましょうか」
その優しい声に、るなは小さくうなずく。
寝室へ向かう足取りは重く、でも誰かが隣にいてくれるだけで、
ほんのわずかに安心する気持ちもあった。
ベッドに潜り込むと、天井の灯りが淡く視界を照らす。
何もしたくない、何も感じない――
そんな思いが身体を包み込む。
それでも、小さく呼吸を繰り返しながら、
(これで“波”が終わるんだ)と、どこか遠くで静かに確信している自分がいた。
明人が布団を整え、「おやすみなさい」と声をかける。
その温もりや言葉も、今夜は夢の向こう側の出来事のようだった。
だけど、それでも、
(ここに居てくれる人がいる)
その小さな事実だけが、胸の奥でかすかに灯っていた。
夜の静寂が、るなをゆっくりと包み込んでいく。
沈みゆく波の終わりを、るなは静かに、でもしっかりと受け止めていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
夕暮れの中で、ついに“波”は終わり、
るなはただ、静かにその事実を受け止めて夜を迎えました。
喪失と静けさの中で、それでもどこかに灯る“見守られている安心”。
次回、6章ラストは夜の底――そして、新しい朝への小さな祈りを紡いでいきます。
またぜひ、るなの歩みを見守っていただけたら嬉しいです。