【第101話:静かな午後、波が遠のく】
今日は、4日目の昼から午後。
あれほど止まらなかった“動きたい衝動”が少しずつ遠のき、るなの心と身体に静かな空白が広がりはじめます。
春の光と穏やかな日常の中で、波の終わりが近づいていく午後の時間を、そっと描きました。
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(22話目)
昼前、るなは食器を片付けたあと、窓辺の椅子に腰かけてしばらく外を眺めていた。
春の日差しが柔らかく差し込むリビングには、朝の賑やかさが嘘のように、静かな空気が漂っている。
「何か、食べたいものはありますか?」
明人の声に、「うーん……あまりお腹は空いてないけど、軽くパスタとか……」と、るなは控えめに答える。
どこか、さっきまでの“動きたい”気持ちが、ゆっくりと遠ざかっていくのを感じていた。
昼食を簡単に済ませると、また何かをしなくては、と立ち上がる。
でも、手を伸ばした本のタイトルさえ、今日はなぜか頭に入ってこない。
観葉植物の水やりも、カーテンを整える手つきも、昨日のような楽しさが薄れていく。
「少し、疲れていませんか?」
明人がそっと声をかけてくれる。
「……うん、かも」
自分の中のエネルギーが、静かに抜けていく。
何かをしようと思うたびに、心の奥で「でも、もういいかな」と小さな声が響く。
午後の光が、床に淡く模様を描く。
その優しい明るささえ、今日はなぜか遠く感じられた。
窓の外で子どもたちの声が響くたび、
るなは一歩引いた場所から、その音を眺めている気がした。
ぼんやりとソファに座り、膝を抱えて丸くなる。
あれだけ止まらなかった“動きたい衝動”は、
今ではほんの小さな名残だけを胸に残して、静かに消えようとしていた。
明人が静かにお茶を入れてくれる。
るなはカップを両手で包み、深く息を吐く。
胸の奥で、波が遠のいていく――そんな感覚。
「夕方になったら、少しだけ外の空気を吸いに行きませんか」
明人の提案に、るなは小さく微笑んで「うん」と答える。
でも、その声にもどこか、昨日までの弾みはもう残っていなかった。
その後しばらく、るなは静かに窓の向こうを眺め続けた。
外では風が木の葉を揺らし、ときおり鳥の影がベランダを横切る。
かつては気になった小さな音や匂いも、今はどこか遠く、現実味が薄れていく。
いつのまにか時間が緩やかに流れ、時計の針の音だけがやけに大きく感じられた。
外は変わらず、優しい春の日差し。
けれど、るなの心の中には静かな空白がゆっくりと広がり始めていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
午後の静けさのなかで、るなは「できそうなこと」がだんだんと薄れていく自分と向き合いはじめました。
“心の波”が静かに遠のいていくとき――その揺らぎや余白に、次回もやさしく寄り添っていただけたら嬉しいです。
次回は夕方から夜へ、波の終息とその先を静かに紡いでいきます。