【第100話:透明な朝、揺れはじめる影】
今回は、4日目の朝――
るなの高揚感と「まだ続くかもしれない」という小さな希望、
その中にじわじわと混じりはじめる違和感や、微かな疲労の気配を描きました。
季節は春。透明な光と部屋の空気、明人の穏やかな声に支えられながら、
“波”の行方をそっと見守る一日が始まります。
【第6章】こころ、ふわりと浮かんで(21話目)
早朝、窓辺から差し込む光が、るなのまぶたをやさしく照らす。
いつもより早く目が覚めて、ぼんやりと天井を見上げる。
身体にはまだ軽い浮遊感が残り、心もほんのりと明るかった。
(今日も動ける――)
そんな予感に背中を押されるように、るなはベッドを抜け出す。
キッチンでは、明人が静かに朝食の支度をしていた。
「おはようございます、るなさん」
「おはよう。今日は、早く目が覚めちゃって」
るなはそう言いながら、テーブルの上を片付けたり、食器を並べたり、
手が止まることなく動いている。
どこか落ち着かないけれど、それも嫌ではなかった。
「今日はお休みですね。無理せず、ゆっくり過ごしましょう」
明人の言葉に、「うん、大丈夫」と明るく返す。
でも、胸の奥には昨日より小さな“違和感”がかすかに灯っている気がした。
朝食を終え、るなはカーテンを大きく開け放つ。
春の陽射しがまっすぐ差し込み、床に淡い模様を描く。
「今日は洗濯もして、部屋の片付けもしようかな」
そう口にした瞬間、また衝動のように身体が動き出す。
洗濯機を回し、ベランダに洗い立てのシャツを干す。
頬に当たる風はまだ少し冷たいけれど、青空が心地よい。
部屋に戻ると、観葉植物の葉を一枚ずつ丁寧に拭き、本棚の整理に没頭する。
途中、リビングのクッションカバーを替えたり、窓辺の小物を動かしたり――
“何かしていないと落ち着かない”ような、そんな気持ちが続く。
でも、気づけばふと、息が浅くなっている。
立ち止まって窓の外を見ると、隣家の庭で子どもが小さく手を振っていた。
その無邪気な笑顔を見つめるうちに、なぜか胸が少しだけきゅっと縮まる。
「……ちょっと、疲れたかも」
るなはソファに腰を下ろし、両手を膝の上で組む。
高揚感の中に、微かな疲労と空虚さが混じり始めていた。
明人はそっと紅茶を差し出してくれる。
「無理しないでくださいね。波が落ち着く時は、ゆっくり休んでいいんですよ」
るなはうなずき、カップを両手で包み込む。
その温かさが、じんわりと胸に沁みていく。
窓の向こうの空は、朝よりも澄んで透明に見えた。
けれど、るなの心には、静かに“揺れはじめる影”が淡く広がりはじめていた。
(今日は、どこまで動けるかな……)
まだ終わりは遠いと信じたかったけれど、
その奥に、静かな不安がそっと芽を出していた。
読んでくださって、ありがとうございます。
今日はまだ、軽躁の余韻が心と身体を包み込んでいましたが、
その中にふと浮かぶ“影”――
この先、るなを待つ心の波がどんな色を見せるのか、
そっと寄り添いながら、次回も見守っていただけたら嬉しいです。
次回は、4日目の午後から夕方、そして“波の終わり”へと向かう静かな時間を描いていきます。