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エピローグ 田上の逆襲②

 海誠運輸明星倉庫のシャッターわき勝手口。以前タケシが蹴り吹き飛ばして破壊されたのだが現在仮設のドアが(しつら)えられてあった。その仮設ドアが22:00ちょうど、静かに開く。

 入ってきたのは緑色のメタルボディ。それは倉庫奥へ向かって静かに歩み進み、黒い人影の前5mほどで立ち止まる。

「お望み通り、一人で来た」

「待っていたよ、ギャノン。いや、風音タケシ君」

 何の荷物もないガランとした倉庫に田上の声が響く。その淡々とした口調の穏やかさとは逆に

(なぜオレの名前を!?)

 タケシは激しく動揺した。

「マスクの上からでは分からんがその名を呼ばれてさぞ驚いているだろう。この業界の情報網を侮らんことだな。君が週刊誌に記事を書いていることも筒抜けだよ」

 そのマスクの下では「オレの個人情報、ダダ漏れだな」とタケシが渋い顔をしていた。

「それでオレに何の用だ?!」

「ふむ。私の商売も可愛がっていた組織も君に潰されて辟易している。復讐しようと思うのだが」

 「復讐」という言葉にタケシは違和感を持つ。言葉の刺々しさの割にその言葉を発した口調があまりにも穏やかだったからだ。

「本題の前に…あの日…ホテルオハナの事件があった夜、君はあの最上階の部屋にいたそうじゃないか。ならばあの部屋でアンナという女に会ったはずだ」

「それは…」

 タケシは困惑し言葉に詰まった。下手に喋って不用意に情報を与えてしまうのではないか? そう思い言葉に詰まる。

「ハッハッハ。緊張せんでもいい。私はただ君の感想を聞きたいだけだよ。それで、アンナはどうだった?」

 田上の表情は変わらず穏やかに微笑んでいる。

「どう、とは?」

「強かったか、ということだ」

「…ああ。強かった。彼女はとても強かった」

「そうか…そうか…それを君は倒した、と」

「ああ、そうだ」

「そうか。アンザグ姿の彼女を倒したか。君はそれほどに強い、ということだな」

 なぜか田上は満足そうな表情を浮かべる。それをタケシは理解できなかった。

「それで…いや、それがどうした?」

「うむ。可愛がっていた孫たち(アンジェラス)を潰されたとあっては私ももう疲れてしまってな。だから風音君。君にデギールについて私が知っていることを教えてあげようと思うのだよ」

「なんだって!?」

「君は現在デギールがどれほどこの世界に入り込んでいると考えている?」

「どれほどって…」

「フッ。大衆週刊誌のライター風情ではその程度だな」

「よ、余計なお世話だ!」

 どれほど取材を重ねてもデギールの尻尾すら掴めないタケシにとって田上の言葉は歯軋りするほどの悔しさだ。実際ギリゴリ音がする程の歯軋りをしているのだがスーツのマスク越しでは田上には聞こえなかったのはタケシには幸いかもしれない。

「警察組織にはもちろんいる」

「もちろん、ってレベルなのか…」

「ああ。そればかりではない。政府高官や大物政治家にも私のようなデギールの使いっ走りがいると聞く。誰が、とは知らんがな」

「そこまで…」

 現実は自分の想像を遥かに上回っている。軽い眩暈を覚えるほどに。

「デギールがこの地球を支配下に置こうとしているのは分かる。だがそうした人脈を使って具体的に何をするのかは分からん。とはいえその道具としてヘブンを広めているというのは君も知っているだろう」

「ああ」

「ではヘブンの対極の存在『クラウデッドヘル』を、知っているかな?」

「クラウデッドヘル…? なんだ、それは?」

「やはり知らぬか。クラウデッドヘル、それはすなわちエンプティヘブンの逆。どこまでも縮こまり圧縮されていくような苦しみが与えられる」

 タケシには思い当たる出来事があった。長田誠也と戦った時のことだ。



「あ 頭が 痛 縮ん で ガァァ…」

「おいっ!? おいっ!?」

 長田はガクッと項垂れたまま動かなくなった。

「まさか死んじまったのか…? おいっ! …バイタルチェック!」

 ピクリとも動かぬ長田の周りに様々な数値が指し示される。



「なんでそんなものを…麻薬じゃないのか?」

「麻薬ではあろう。こんなものを欲しがる者はおらんだろうが、単純に苦痛を与えるならば使い道がある」

「…どんな?」

「クラウデッドヘルで苦痛を与え、然る後にヘブンを与えればクラウデッドヘルは中和され、苦痛が消える。中和されるのだからヘブンの症状としては軽微なものになるが、与えられたありがたみはただヘブンを与えられるよりも高いものになるだろう」

「飴と鞭、か」

「そういうことだ。そしておそらく、このパゾルにもその2つが仕込まれている」

 田上は左手首に巻き付いた時計のような姿をしたモノ『パゾル』をタケシへ翳して見せた。

「…なんだと?」

「私が叛けばこれに仕込まれたクラウデッドヘルが体内に注入されるだろうな」

「なら外せばいいのでは?」

「その時は私の左腕が吹き飛ぶ」

「…なんだって…?」

 この男は己の身にそれほどの危機があるのになぜ平然と淡々としていられるのだ? タケシは不思議でならない。

「裏の世界に身を置くということは、そういうことだ。仲良しグループというわけにはいかんのだよ」

「そういうことか…暴力団(ヤクザ)と変わらないな」

「その通りだ。名前が違うだけで実のところ、中身はそう変わらん。むしろ仁義がない分、こちらの方が酷いかもしれんな。ところでさっきの麻薬の話、まだ続きがある」

「えっ!?」

「クラウデッドヘルを知らんのならこれも知らんだろう。セントレ。デギール第3の麻薬だ」

「セントレ…」

「しかしそれは私も実物を見たことがない。ヘブンをキメている者がセントレを接種すると、ヘブンで解放された欲望そのままに行動するのだそうだ。性欲に溺れた者なら手当たり次第にレイプでもするのだろうが、暴力に欲を感じた者だと始末に負えんだろうな。人同士の殺し合いに発展しかねん。話だけでしか知らぬが、そうなることは想像に難くない」

「本当にあるのか? そんなものが…」

「言ったろう、私は話だけでしか知らぬと。君も雑誌のライターなら自分で調べてみてはどうかね? ハッハッハ」

「クソォ…」

「だがヒントはくれてやろう。島津薫という男を知っているか? 横浜の裏世界を調べているなら会ったこともあるかと思うが。背が高い、山のような男だ」

「!? ソイツはもしや武器商人かっ!?」

「ほう。やはり知っていたか。その通りだ。あの男は狂犬だぞ? 自分の欲望のためならどんな犠牲も厭わぬ。裏の世界はそんなのばかりだが、その中でもとびっきりのヤツだ。まさに狂犬だよ」

「ソイツが、どうかしたのか?」

「どうも何も分からん。だが私のルートでは扱わない物を、ヤツは扱っている。セントレが私のルートに回ってこなかったということは、おそらくヤツは持っている。そういうことだよ」

「そうか…」

「私からはそんなところだ。何か聞きたいことはあるかね?」

「いや…正直いえば情報提供ありがとう、というところだ。話が本当ならばな」

「私はウソはつかんよ。正直をモットーに商売をしてきたからな。ハッハッハ」

 田上はまるで肩の荷が降りたかのように快活に笑った。未だ渋い顔のタケシとは対照的に。

【長すぎるエピローグの理由】

 これ、元々は次のシーズンの冒頭で使う予定でした。そもそもアンジェラスが全滅して、田上の扱いはどうするのか?というところを書き始めたらどんどん長くなってしまって…ところがアンジェラス編だけで書き直すと結構な尺が残っちゃった…じゃ、アンジェラス編のトリを飾るエピソードとするか、とも思ったのですが、やはりアンジェラス編はアンジェラス中心、アンナのシーンで終わりにしたかった。うーん…じゃ、エピローグ扱いにしとくか、そんな感じです。

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