異能者IZM 第15話 ~泉雲の戸惑いと汐梨と友だちと~
第15話
汐梨は意を決して泉雲をカラオケに誘ったがバッサリと断られてしまい、室内は重い空気に包まれていた。
居た堪れなくなった汐梨が、再び部屋を出ようと動くと、
「お前 今日も弁当2つ持ってんのか?」
またも藪から棒に突然なに?と思いたくなるが、
「…? え あ…ハイ」
汐梨がそう答えると、信じられない事に泉雲が「くれ」と言い、手で催促してくるので、(え? 食べたいの?なんで??)と汐梨の脳内はまたも混乱する。
だが、泉雲がまだくれと手で言ってるようだから、戸惑いながらも恐る恐る渡した。
そうこうやり取りをしていると、窓でコツンコツンと音がする。
泉雲が開けるとやはり北斗が部屋に入ってきて、 なんの心境の変化なのか、泉雲はそのまま汐梨に受け取った弁当を広げて、北斗の見守る中
食べる準備をしているのだ。
あまりにも不思議で信じられない光景をボーッと見てると、
「…なんだよ いつも北斗がうまそーに食ってたから 気になってたんだよ」
「!?」
ふてくされ気味に言う泉雲。混乱する汐梨。
(…あなた前回北斗くんに「そんなモン食うな」とか言ってませんでした?)
汐梨の思考回路が不能になりそうな状況で、泉雲は淡々と準備をする。
そんな頃、室内の外では 泉雲に追い出された麦野がワナワナと怒りに震えながらドアの前で立ち尽くしていたのだ。
(… なんっで この朱夏が! 追い出されなきゃなんないんだよっ? おかしーだろ?? )
往生際悪く、ドアに耳をそば立てたり 小窓から覗きに込むが、どういう訳かサッパリ中の様子が分からないのである。しかもドアも開かない。
(なんだよっコレ? 鍵なんかかけたのかよ!!)
イライラが募り麦野はキレていた。
ドアが開かないのは泉雲が結界を張ったから。 それを知らない汐梨。
そんな室内では泉雲が 汐梨の弁当を食べるのだった。
(あ……ほんとに 食べた)
「!… うま…」
「… え?」
思わずポロっと素直な感想を言ってしまった泉雲は汐梨と目が合い、少しだけ頬を染めて口を固く結び、そしてすぐ顔を逸らした。
そして何事もなかったかのように、北斗と分け合うように汐梨の弁当を食べている。
そんな異様な光景を、奇妙にも思いながらどう反応したらいいのか分からないが、汐梨はその場に座り込み、自分の食事を始めるのであった。
(…家族以外で私の料理 食べる人なんてはじめてなんですけど… 北斗くん 神代くんの前ではピィッと鳴くんだねー…なにしてんだろ わたし… )
今の奇妙な状況に戸惑いながらも、不思議な事に嫌な気がしないのは、
(いつも口撃してくる神代くんが何も言わない…)
嫌な事も言われる様子もないので、黙々と食事をする泉雲と北斗のいる同じ室内で、それを受け入れ自分も弁当を黙々と食べるだけの昼休みの時間は過ぎていった。
そんな異様な昼休みが終わったが、泉雲は1人自問自答していた。
(…なんだ? オレ? なんで 誤った?←あれで しかも…なんであいつの弁当食ってんだ??
いや 美味かったけどっ おかしーだろ??)
自分自身の行動や言動に、今になって動揺するのである。
そして頭を抱えて悩む。
(…たぶん…アイツの目を見たからだ アイツの目は…なんか懐かしい気が…するんだ…なんでかよくわからんけど)
自分でもよく解らない感情に振り回されて、泉雲は落ち着かないのである。
(…なんであんな奴が気になんだよ あんな 変なヤツ…)
泉雲が戸惑い悩んでいる頃
見えない所で…黒く 邪悪なモノはゆっくりゆっくりと力を蓄えながら、人の悪意を餌に、成長を続けていたのだ。
そしてその頃の麦野は自分の教室で、己のいい女としてのプライドを傷つけられて、ワナワナと震えながらスマホを握りしめていた。
(ーあんのブスッ!なーんの役にも立たねーくせにっ 朱夏の泉雲くんと…)
女の嫉妬や僻みは大抵女に向く。
そして…そんな醜い憎悪や悪意の感情を餌にする異形なモノ。
【⠀ここちや〜もっと もっとお 憎悪を⠀】
決して人間の耳には届かぬ声は、大きく大きくなってゆく。
(…もーいーや プランBに変更ぉ〜)
麦野はそう思いながら、怒りを滲ませた顔でスマホに文字を打ち込み、どこかへ送信したのだった。
その放課後、昼休みから特に話す事も無かった泉雲と汐梨だったが、汐梨は帰り支度をし、泉雲は机に突っ伏し、まだ寝ていた。
それを遠巻きに見ていた 昨日汐梨を女子トイレに連れ込み虐げていた女生徒3人が汐梨を睨め付けているのだが、
どうやら近くの席にいる泉雲の存在を気にしてか、汐梨にちょっかいを出したくても出来ないでいる。
だから汐梨は少し安心しながらゆっくり帰る準備をするのだ。
(…今は神代くんがいるから大丈夫なんだろうけど…これって 教室から離れたらまた… )
そう思うと昨日の出来事が汐梨の頭の中にフラッシュバックする。
汐梨は肩を震わせて机に置いた鞄をギュッと握りしめるが、
(…でも だからと言っていつまでもここにいるわけにもいかないし 麦野さんとの大事な約束もあるんだし!…神代くんが 私を守ってくれるなんて …そんな事絶対ないし)
そう思うと、怖いけど諦めて教室を出る事にしたのだ。
するとやはり女生徒3人もゾロゾロと動き出し、汐梨の後を追おうとする。
だがそこへ
「藤峰さあ〜ん」
と デジャヴのように声がする。
「あ…麦野 さん」
そう呼ぶととことこと汐梨の元へ歩みより、廊下の窓から見える教室の中で寝ている泉雲を見て、
「わあ…泉雲くん 寝てるのお?」
と楽しそうに笑うのである。
そして麦野が現れた事で、女生徒3人の動きが止まる。
だが、それは汐梨には分からないように互いにアイコンタクトを送り合うのだ。
お互い 口の端を歪めながら…
(麦野さん…また〝藤峰さん″だった)
汐梨は苗字で呼ばれた事でまたモヤモヤしてしまう。
そしてふと横を見ると、その3人組の女生徒たちがいたので、それにビクリと身体を強張らせるが、何故かそれ以上追いかけて来なかったので、
(…あ…今 私が麦野さんといるから 追いかけてこないのかな…?もし 来られたら麦野さんに迷惑かけてしまうし…)
「汐梨ちゃん」
「え…?」
汐梨が上の空で色々考えていると名前で呼ばれた。
「ねえ 泉雲くん教室で寝てたけど ちゃんとカラオケ誘ってくれたの?」
ギクリッ 1番答え辛い事を聞かれて汐梨はまた口籠るが、ねえねえっとせがんでくる麦野に答えない訳にもいかないので、
「あ…ご ごめんな…さい あの…断られましたっ」
汐梨が麦野のペースに合わせて横を歩きながら申し訳無さそうに応えると、麦野はピタリと歩みを止めた。
そしてボソリと
「は? ふざけんなよ マジ使えねえ」
「え?」
汐梨に聞こえるか聞こえない程度の声量で呟いたので、横にいない麦野を気にして後ろを向くと、麦野が立ち止まって俯いていたので、
「あっ む 麦野さん…ごめんなさい」
(てめえの〝ごめんなさい″に価値なんかねえよ)
すると麦野は ぱんっと手を叩き、
「あっ いっけない〝藤峰さん″私ちょっと忘れ物しちゃったから先に昇降口んとこで待っててくれる?」
(また…〝藤峰さん″呼び…)
「あ… はい」
麦野はそう言い残し、もと来た道を走って行った。
汐梨は消えゆく麦野の姿を見送りながらしばらく動けなくなっていた。
(…麦野さんは 優しい とっても…でも なんでかな? なんで心の奥が さびしいって思うんだろ…)
今まで友だちが1人もいなかったせいで、距離感も、つきあい方も解らない。だから自分を責めるのである。
(ダメよ汐梨!きっと私が不甲斐ないからっつまらない人間だからっ …麦野さんに 嫌われたら…どうしよう…こわい)
どうしたらいいのか全く正解が解らない汐梨はトボトボと1人、昇降口へ向かうのだった。
そして…その頃忘れ物をしたと言った麦野は
「あ゛ぁあ〜〜〜っほんっと!あのブスいい加減にしろっての!(怒) 自分は泉雲くんと一緒に飯食ってたクセに むかつくむかつくむかつくむかつくーー!!もープラントリプルAに変更ぉおー」
そう言って、麦野は1本の電話をかけた。
「あーあたしぃ~あのさぁー1人嵌めて欲しい女いんだけどお~そうそう…え~いいよお♪メチャクチャにしてやって~」
通話を切った麦野は、ニヤぁと悪い笑みを浮かべた後、上機嫌で汐梨の待つ昇降口へ向かうのだった。
そして同じ頃
冷ややかな声が響き渡る校舎内で教室から離れた場所で例の女生徒3人組がクスクスと笑っていた。
女生徒A「地味峰も終わったな」
女生徒B「朱夏怒ってたもんね〜おーこわ笑」
女生徒C「自業自得じゃん ざまぁ」
互いにスマホの画面を見ながら女生徒3人が黒く笑いあっているのだ。
1ーCの教室では
深い眠りから泉雲がようやく目を覚ました。
「あ……やべ 何時だ?」
むくりと起き上がった泉雲がポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。
正面の黒板横にも掛け時計はあるのだが、スマホを持つようになるととだいたいこうなる。
(アイツは……)
そう思いながら窓際の横を見ると、机には鞄もなく、時間的に帰った事が伺える。
(帰ったのか…いや そういえば今日カラオケがどうのこうの…)
起きぬけの頭でボーッとしながら思考を巡らせる。
そして席を立ち何気に窓際まで歩みを進めてみると、ちょうどそこに正門に向かう汐梨の姿が目に入ったのだった。
(…アイツ あのウザい女と結局カラオケなんかに行くんだな…店の名前 なんだっけ…)
少し考えたが、思い出せないのですぐ諦めた。
(そんなに〝お友だち”が欲しいのかよ…第一歌えんのか?想像できねー…)
「別に…どうでもいいか」
そう呟くと、1つあくびをしながら自分の席へと戻り、鞄を掴み教室を出た。
その頃正門を出た汐梨と麦野は、いつの間にか麦野が呼んだタクシーが待機しており、麦野は汐梨に軽く説明をして2人は乗り込んだのだった。
そしてその頃泉雲といえば、1人で廊下を歩いてるところを数人の女生徒達に捕まってしまい、道を塞がれたのだ。
泉雲からしたら見知らぬ女子達。
「……なに?」
女生徒D「あのっ えっと ……大切な話があるからっ神代くんに話 聞いて欲しい」
「……」
泉雲は察した。
これは度々訪れる告白タイムイベントだと…
「…悪いけどー「はっはなしだけでも聞いて!」」
結構押しの強い女子に捕まってしまった為身動きが取れなくなってしまった。
そして泉雲と外野女子2名を含む名も知らぬ女生徒の告白イベントが始まるのである。
その約15分後、タクシーに乗り込んだ汐梨達は目的のカラオケ店の前に着いていたのだ。
麦野がタクシーの会計を済ませて店にスタスタと入って行くので、汐梨も慌てて後を付いて行く。
「あっあの 麦野さんっ た タクシー代ありがとうございますっあの……これ」
そう言って汐梨は自分の財布から2000円を取り出し、麦野の差し出した。
「あ くれるの?別にいいのにぃ♪ ありがと」
麦野はそれを笑顔で受け取り、そのままカウンターへ向かうと、慣れた様子で手続きを済ます。
そしてコソコソと
店員A「ちょっと 朱夏ちゃん…アレ…なに?」
「あぁ…別にぃ 暇つぶし」
店員A「暇つぶしって笑 いやそれでも アレはないわ クック…」
汐梨の見た目をこバカにしながら笑う店員。
そうとは知らない汐梨は初めて入るカラオケの店内をキョロキョロと挙動不審気味に見渡していた。
そしてテキパキとスムーズに手続きを進める麦野を尊敬の眼差しで見るのだ。
(すっ すごい 私には何がなんだか分からない…)
人生初のカラオケ店にドキドキドギマギしながらキョロキョロ辺りを見渡す汐梨。
その様子をチラリと見てクスクスと笑う麦野と店員。
店員A「ちょっ マジあれなに笑 田舎モン丸出しじゃん」
「ここも都内じゃないじゃん」
店員A「あっ そー言えば笑 山から出て来たんじゃね?」
「あんた ウケるー」
そんな陰口だらけの会計は終わり、少しスキッリしたのか麦野は、くるっと汐梨に向き直り上機嫌で
「汐梨ちゃん 終わったよ 部屋行こっか」
汐梨は単純で、また名前で呼んでもらえたので嬉しくて、
「はいっ」
と返事を返した。そしてお金を渡そうとすると
「あっ大丈夫 要らないよもー済んでるから」
「え? そーなのですか?」
本来受付で部屋に入る前はだいたいレンタルのマイク等を受け取るのだが、麦野は手ぶらである。
もちろん初めてカラオケ店に入る汐梨はそんなシステムも知らないので とりあえず麦野の後を着いていく。
「あーあ 泉雲くんも来てほしかったなー」
「あっ ごっ ごめんなさい」
(…だからてめぇのごめんに価値なんてねえんだよ)
「ねえ しおりちゃあ~ん」
「はい?」
「昼休みさあ 泉雲くんと2人っきりで 何 してたのぉ?」
振り向きもせず、前を歩く麦野は少し声色を変えて汐梨に訪ねるが、現在汐梨には〝お友だちフィルター”がかかっている為、麦野の微妙な雰囲気に気づかない。
「え?なにって…お弁当を食べました」
汐梨は女子高生としての情緒が欠落しているので、まるで業務連絡をするように応えるのだ。
(北斗くんもいたけど…鷹と一緒に私のお弁当を食べたなんて言えないよね…信じてくれないだろーし)
すると麦野はピクリと肩を強ばらせて、
「へええ~ 朱夏追い出して 2人で?仲良く?ごはん食べてたんだぁあ~~~」
「?…いや…仲良くは ないですよ?お…追い出した わけでも…」
そこはなんて説明したらいいかは解らない汐梨。
しどろもどろになる汐梨を横目で睨みつけて麦野は己の拳を握りしめ、
「このブスがっムカつくムカつくムカつくムカツクムカツク」
ブツブツと呪文の様に小声で聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟く。
(朱夏のことコケにしやがってクッソむかつく!!たっっっぷり懲らしめてやる!!)
「あっ そぉだあ~実はぁ~今ぁ朱夏の と・も・だ・ち も 来てんだよねえ~」
「え?他にもいるんですか?」
「そぉだよぉお」
(えっえっ どっ どんな人だろっやっぱり麦野さんみたいな 可愛くて優しい人なのかな)
汐梨はまだ信じて疑わない。
そして麦野は1番奥の部屋の前でピタリと止まり、ドアに手をかけた。
汐梨は、もしかしたら新しい友だちもできるかもとドキドキしながら胸を躍らせるが、
麦野が扉を開けた事でその淡い期待は、すぐさま
打ち砕かれたのだった。
何故かといえば…
重低音が響く部屋の中からは野太い男の声が聞こえて、ギャーギャー騒いでいたからだ。
それは…汐梨の世界にはない光景であった。
「何してるの?汐梨ちゃん 中 入ろぉよお」
(地味峰 あんたを今から地獄の底へ突き落としてやる)
そう言って麦野は黒く黒く笑みを浮かべ、汐梨を部屋に入るよう催促するのだった。
こうして新たな事件は起きるのである……
異能者IZM第15話をご閲覧いただきありがとうございます! 次回の16話はセンシティブな内容を1部含む為前書きも載せますね。少し過激な描写が入っていると思いますので…念の為です。いつもありがとうございます!
次回も隔週投稿でよろしくお願いします。