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ラストワールド  作者: しじまゆう
第一章 錆びる世界
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エピローグ 再生する世界

 因縁の敵、月の賢老院を撃破したクロム達。

 ついに最後の目的地であるアーカイブへ突入する。

 アーカイブの中はあまりにも静かでまるで墓所のような空気に包まれていた。

 墓標のようなサーバーユニットの間を進むと、やがて円筒形の水槽の中に見覚えのある少女が浮かんでいるのが見える。


『……よくぞここまで来ました』

「これがアーカイブの……」

「中枢管理人造人間(ホムンクルス)、メルクリウスね」


 それはヘルメスの記憶を通して見ていたものより、明らかに全身の結晶化が進んでいた。

 賢者の石と呼ばれるそれが、半分以上覆い尽くしている。

 世界を制御できるシステムの成れの果て、暴走の末に(ラスト)を産み出し旧時代の文明を滅ぼした少女は何を思うのか。


『量子波形確認……ヘルメス、お帰りなさい。この時を百年以上待ち侘びていました』

「長い間待たせたな……メルクリウス。早速だが最後の仕事と行こうか」


 クロムの口を通じてヘルメスが対話を試みる。

 すでに意識は覚醒しているため違和感はあるが、乗っ取られている感じではないのでその意志のままに任せていた。


「管理コードAZ000、アーカイブの管理権限をクロムウェルに移譲」

『コード受理……管理権限をベースモデル07type-Aに上書き。

 エラー、ハードウェア中枢部分に重大な異常が検知されました』

「再度管理コードAZ000実行、システムを非常モードで立ち上げ、ニュートラルモードで再起動」

『……エラー、ハードウェア中枢部品の交換をお勧めします』

「むぅ、仕方ないか」


 ヘルメスは少し思案したのち、やれやれといった様子で意を決する。

 何をするのかと思えば、その意識そのものをクロムの体から切り離そうとしていた。

 当然だがそんなことをすれば長くは持たない。


「何を……?」

「後のことは若い連中に任せる。なに、元々私は死んだ人間だ、悲しむ者もいないさ」

「ヘルメス、あなた最初から……」


 どういう原理か、はっきりとした姿のままクロムの体から分離したヘルメスの量子霊魂がメルクリウスに重なる。

 その状態なら完全に制御できるようになったのだろう。


「む、なるほどなるほど。バイパスを1番から26番へ。3番と12番を直通。よし、これなら……」


 再度アーカイブの管理権限が移譲される。

 今度はスムーズに実行されたらしく、エラーを吐き出すこともなかった。


「あとはこのコードを実行すれば(ラスト)の活動も停止するだろう。新しく生まれることもあるまい。

 ……ふぅ、自分の甘さが招いたこととはいえ、バク潰し(デバッグ)作業は気が滅入るな」

「ヘルメス……」


 ほとんど消えかけの状態で、それでも自分のなすべきことをなす先人に畏敬の念を覚えながらクロム達はそれを見送る。

 ほとんど同時に、メルクリウスの体もその役割を終えたように、徐々に崩壊を始めていた。


「これで最後、か。さて、そろそろ過去の亡霊は消えるとしよう」

『今度こそ、お供させていただきますよ、ヘルメス』

「クロム、少しの間だったが、君との旅は楽しかったぞ。あとは君たち次第だ……ではな」


 そう言い残し、ヘルメスだったものの残滓は泡と共に溶け消えてゆく。

 あとに残されたのは物言わぬ機械群のみ。


  ●


「ここから先はあたしの出番ね。さ、クロム」

「……あぁ」


 イオンとクロム、二人が前に進み出るのを不安そうに見送る残りの面々。

 ナトリやシャムロックは止めはしないが、わざわざ口も出さない。


「本当に今やらなきゃいけないの? (ラスト)はもういないんでしょ?」

「ああ、帝国の……アイゼンの気が変わらないとも限らないからな。

 邪魔される前に世界を本来の姿に戻す。

 最初からそのためにここに来たんだからな……」


 不安そうなアルミナを宥めながら、クロムは確固たる意志を示して見せた。

 そうなれば絶対に曲げないことを家族である彼女はよくわかってる。

 ステインやフェルミも口にこそは出さないが不安を隠せていない。


「俺達の未来、お前に託すぜ」

「クロ君、あまり無理せんといてね」

「お姉様が失敗しても、この私がいるからお兄様は安心してくださいまし」

「あんたねぇ……」

「お兄さん、絶対に戻ってきてくださいね! リン、待ってるから!」

「ああ……」


 直接関係のない人間が邪魔にならないようにアーカイブから退出していく。

 残されたクロムとイオンは、ただ黙って作業を続けていた。


「あたしをここに連れてきてくれてありがとうね」

「……どうした?」

「最初は賢老院(あいつら)の思惑通りだったかもしれない。でも、独立機工都市(アーケンローズ)での生活とか、この旅で得た経験が、今のあたしに繋がってる。

 あたしはもうあいつらの人形(おもちゃ)じゃない」


 イオンの言葉は本心だった。

 それを受け止められるだけの度量も今のクロムにはある。

 だが、結果としてそうはならなかった。


 アーカイブが徐々に明滅を始める。

 まるで心臓の鼓動のようなそれは、徐々に世界全体へ伝わっていった。


 ただの砂地が一瞬で緑の大地へと塗り替えられていく。

 崩れ落ちた廃墟が、本来の姿を取り戻す。

 世界がかつてあった状態に戻るのに、さほどの時間もかからなかった。


  ●


 何もない荒野を一人の旅人が歩いていた。

 白い月が見下ろすその世界を、かつての名前で呼ぶものはもういない。

 錆が支配していた時代は遥か過去のように、人々は今の生活を必死に営んでいる。

 いつの時代も、その時代を作り出すのはその時代の人々の意志だった。


「やあ、旅人さん。ここは初めてかい?」

「…………」


 ようやくたどり着いた辺境の街、住民の言葉に、旅人は無言で応じる。

 特徴的な尖塔が迎えるその街を、旅人はまるで知っているかのように歩いていく。

 彼を迎え入れる者は誰もいなくとも、その功績を知らない者は誰もいない。


 あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。

 迎える者のない広場にポツンと佇みながら、旅人はただ一人嘆息する。

 時間という感覚を完全に失ったその体でも、ほんの少し心残りのような感覚は感じられた。

 ただ、それも一瞬のみ。

 旅人は再び旅を再開する。

 次に行くべき当ても解らぬまま、ただ自分の思いに任せるように。


 かつて錆に支配されていたこの世界は、一人の英雄の活躍によって救済された。

 しかし、彼のその後の話は誰も知らない。


                              完



 お疲れ様です。

 この作品は筆者が昔参加していたオリジナルTRPGセッションの後日談に相当する作品です。

 作中でも語られてる通り、当時のキャンペーンでは目的を遂行できず失敗となってしまいました。

 色々心残りとなっていたこともあり、彼等の子供世代での決着を目指して関係各所に許可を取り筆を執った次第ですが、短期間の連載を目指していたにもかかわらず筆者の体調不良等により読者はもちろん、関係各所に多大なるご迷惑をおかけしました。

 当時の資料が遺失していたことなどもあり、筆者なのに設定を理解していないというポカをやらかしていたりもしますが、おおむね予定通りの着地をしていると思います。

 世界観の元ネタに関しては複数存在していますが、一番有名なところについては最近新作が発表されていたりと界隈で話題になっていましたが……まあ、それはともかく。

 クロム達の冒険、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 内容的にはかなり駆け足になってしまい、キャラクターの魅力を深堀できなかったりと筆者としても実力不足を痛感していますが、現状できる精一杯を出したつもりです。

 ゲームに関しても正式版を出すという話もありましたが、昨今の諸事情でなかなか難しい状態となっています。

 現在自分が関わているゲームに関しては近々ご報告もできると思いますのでお楽しみに。

 それでは、次回作がありましたらまたお会いしましょう。

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