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ラストワールド  作者: しじまゆう
第一章 錆びる世界
22/25

炎上する帝都2

 帝都に連行された一行はアイゼンの要請に従い一時共闘するふりをする。

 月貴族を交えた三つ巴の戦いが始まろうとしていた。

 東の空が白み始めるより早く、帝都は騒然とした空気に包まれていた。

 ついに月貴族(アルテミス)の魔手が銀の帝国(グレートシルバニア)の首都にまで及んだのである。

 迎撃に出た錬装戦車から火柱が上がり、夜明け前の空を赤く染め上げていく。

 二隻の降下艇から出撃した無数の神装機兵(アルコーン)は、帝国軍の抵抗を軽々と蹴散らしまるで嘲笑うように一方的な蹂躙を繰り返していた。

 たとえ帝国軍の主力部隊といえど、月の技術の前にはあまりにも脆い。

 鳴り響く警報の中、イオンたちも決断を迫られていた。


「やるなら今しかないが……」


 戦火に包まれる城下町の様子を苦々しく眺めながら、クロムは沈黙を続けるイオンに問いかける。

 彼の性格上、たとえ帝国の臣民であっても助けずにはいられないのだろう。

 それでも、アイゼンの目を出し抜き城の中枢部にあるアーカイブに侵入するにはこのタイミング以外にはなかった。


「事前の調査でそれらしい場所は目星がついてるけど……」


 アルミナの情報収集の甲斐もあり、中枢部への入り口らしき場所は既に調べ上げている。

 あとは混乱に乗じて警備をかいくぐり、直接目的地に乗り込むだけだった。

 悩むとすれば、多少目立ってでも全員で行動するか別行動するべきか……なのだが、元々少数精鋭のフェルミ班ならまとまって行動しても問題ないだろう。

 ただ、途中で何らかの障害に遭遇した時、その場に留まってでも足止めする必要もあるかもしれない。


「ま、その時は俺らが何とかするさ」

「正直心配やけど、クロ君たちにしかできへんことやから、後ろは任せてな」


 事前に取り決めた作戦を再確認していると、突然、城全体が大きく揺れる。

 敵の攻撃が命中した……とは明らかに違う揺れ方。そうこうするうちに、窓の外の景色が徐々に下がっていく。

 いや、これは……。


「浮いてる……のか!?」


 城全体が浮き上がり、回転し変形する……どうやら迎撃形態に移行したらしい。

 各所に出現した砲塔が弾幕を張り、飛び交う神装機兵を撃ち落とす。

 さすがの月の技術でも、旧時代の最先端技術で生み出された迎撃兵器は有効らしかった。

 帰還戦争の折にもこの空中要塞は実戦投入されたらしく、砲塔の半数ほどは修理もできずに壊れたままだったりするが、この様子なら月貴族を撃退できなかったとしても時間稼ぎくらいはできるだろう。


「よし、エンディルの意識がそれた……今の内に行くわよ!」

「お、おう!」


 どうやら機を窺っていたらしいイオンの合図を受け、一行が動き出す。

 見張りを一瞬で片付け、進路を確保すると目的地に向かって走り出していた。


  ●


 降下艇一番艦の艦橋では、様子を見ていた月の巫女姫が歯噛みをしていた。

 戦況は相変わらず有利ではあるが、敵の抵抗が思ったよりも激しい。


「この程度の反撃にも対処できないの?」

『デスガ、アマリ被害ヲ与エルト後々支障ガ……』

「ちっ、蛮族の分際で面倒な……」


 艦隊指揮を行っている人工知能(AI)の返答に、エンディルは思わず舌打ちする。

 確かにあそこにあるものを破壊してしまっては元も子もない。以前の帰還戦争でも手をこまねいていたのはそれもあるだろう。

 しかしかつて月貴族を蹴散らした英雄は今やこちらの手にあるし、懸念していた錬装機神(トリスメギストス)も予想外の事態により排除されている。

 本来なら時間さえかければ相手が天才錬金術師のアイゼンであろうとどうにでもなる算段だった。


「アイオネル……上手く気配を隠してるわね」


 戦闘の喧騒もあるのか、イオンの居場所がつかめない。

 なんなら多少の損害は覚悟で降下艇の主砲で狙い撃つ腹積もりだったが、それも上手くいきそうになかった。

 思えば独立機工都市(アーケンローズ)で連中を取り逃がしたのがそもそもの計算違いである。

 面倒な相手がイオン一人だけだと高をくくっていたのもあるだろう。

 だが、実際には裏で状況をコントロールしていた人物がいたのである。

 仮にも自分のところの団長すら捨て駒にして、月の巫女姫を手玉に取れる地上人など存在していいはずがない。


「あの女狐……やはり、あの時確実に始末しておくべきだったわね」


 ()()にとっては存在しないはずの記憶を手繰りながら、黒い少女は思わず歯軋りしていた。

 だがここで手をこまねいていても仕方ない。

 傍らに立つフードの人物に視線を送る。


「……出番?」

「ええ。ただし、私も一緒に行くわ」

『デスガ、危険デハ?』

「それくらいどうってことないわよ。あなたたちは私のために道を切り拓きなさい」


 人工知能に有無を言わせず、突入の準備を進めさせる。

 その視線の先、いつかの因縁の地を眺めながら。


「百年以上も待ったのよ……あの時の雪辱、今日こそ果たさせてもらうわ」


 少女らしからぬ恨みの籠った声で、そうポツリと呟くのだった。


  ●


 城内は混乱に包まれていた。

 兵士や使用人が右往左往する中、クロム達は中枢部への道を進む。

 途中、咎める者は何人かいたが、誰も彼等を止めることはできなかった。


「さっきのでちょっと道が変わってるわね……こっちであってる?」

「大丈夫、そのまま通路をまっすぐです!」


 城が変形した際に道も少し変わってしまったのか、それでもアルミナの冷静なナビゲートに助けられ確実に人気の少ないほうへ来ている。

 セキュリティを突破し、たどり着いたのは中庭のような開けた場所だった。

 雰囲気的に皇族が利用するであろう、豪華な装飾が施され、光に溢れたその庭園は、しかし廃墟のように異常に静まり返っている。


「ええと、確かこの奥に……あれ? この反応は……」

「どなたですの?」


 物陰から聞こえた生気のない、しかし聞き覚えのある声に一同がギョッとそちらを振り向いていた。

 金髪縦ロールの、見覚えのある少女と……その傍らの車椅子に眠る、やはり見覚えのある少年。だが、皇帝と呼ばれていた人物とは違い、その顔には明らかに生気がない。


「レベッカと……プラティナ陛下?」

「どうしてこんなところに……」


 おそらくこちらが本物なのだろう、レベッカの動かす車椅子に眠る皇帝はまるで死体のように動かなかった。

 しかし微かに聞こえる呼吸音が、彼が辛うじて生きてることを教えてくれる。

 よく見ると延命のためのだろう医療機器が体に取り付けられていた。


「陛下は……生きてるのか?」

「ええ、ですが毒のせいでこのような姿に……」

「まさか、アイゼンが?」


 ふるふる、とレベッカは力なく首を振る。

 顔を見合わせる一同に、説明したのは別の場所から掛けられた声だった。


「陛下は暗殺未遂されたのだ……欲深い貴族共の手によってな」

「アイゼン!?」


 その姿に思わず皆が警戒態勢に入るが、男は気にすることなく車椅子の少年の下に歩み寄る。

 本物か複製かはわからないが、彼から敵意らしきものは一切感じられなかった。

 アイゼンは陛下の前で跪きながら。


「私が陛下を守れなかったのだ……天才錬金術師が聞いてあきれる」

「毒って言ったな。一体どうなってるんだ?」

「質の悪い毒だよ。私の存在を気に入らない貴族の一派が、私を追い落とし、あるいは暗殺しようとした。

 だが、それが通用しないとわかると、今度はよりによって陛下に矛先を向けたのだ。

 当時私は遠征部隊の指揮で帝都を離れていた……思えばそれも連中の罠だったのだろうな。

 帝都に戻った私を待っていたのは、物言わぬ陛下と、その失態を口実に私の退陣を要求する醜い貴族共の姿だった」


 幸いプラティナ陛下は一命をとりとめたものの、アイゼンはもちろん、銀の帝国はかつてない危機に陥ったという。


「私欲にまみれた貴族共は目に余っていたが、要らぬ情けをかけた私が甘かったのだ。

 恐れ多くも偽の陛下を用意し、すべてを白日に曝した時の連中の顔はなかったぞ」


 とはいえ、それで問題が解決したわけではない。


「陛下を……帝国を守るには力が必要なのだ。だから、私は禁を冒してでも力が必要だった。

 トリスメギストスの力を求めたのもそのためだったが……まさかそれすら失うとはな。

 何故だ! 何故私は守りたいものを守れない!」

「叔父様……」

「ゴルドリーゼ、お前を責めても仕方ないことはわかっている。

 だが、帝国が……地上が危機に瀕した今、絶対的な力が必要なのだ。

 英雄の息子と呼ばれてきたお前ならわかるだろう、なあ、黒銃のクロムウェル」


 アイゼンの懇願めいた言葉にも、クロムは何も答えない。

 彼が背負っているものがわかっても、自分がやらねばならないことが別にあることも事実である。

 決して交わらない道を分かつように、二人はその場で対峙し。


 ドンっと大きな音とともに、城が大きく揺れたのはその時だった。


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