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ラストワールド  作者: しじまゆう
第一章 錆びる世界
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月からの使者1

 錬金術師の少年と帝国から来た若者。

 二人は独立機工都市アーケンローズへ向かう。

 独立機工都市アーケンローズは大陸でも最大級のコロニーである。

 人口は10万。

 たかが10万、されど10万。

 旧文明の繁栄とは程遠くとも、そこには確かに人々の生活が根付いていた。

 そこかしこから錬成機関が排出する蒸気が立ち上り、灰色の空に幾筋もの軌跡を残す。

 通りを行き交う人々の表情も活気に満ちている。


「これが……アーケンローズ!」


 厳重に封鎖された門を潜り抜けた後、スクールバスから降り立った若者は感嘆の声を漏らす。

 年の頃は17、8か。長身だがあまり健康的ではない肉付き。赤い髪を纏めるように巻かれたバンダナが特徴的である。

 バイクにでも乗っていたらヤンキー感が増すかもしれない。


「やっと……やっと来れた。これで、あいつを……」


 そう言って男が振り返った先では、白衣を着た男達が待ち構えていた。

 彼等はバスの中にいた子供を運び出そうとしている。


「リン!」

「安心しろ、うちの医療班だ。そっちの状況は把握している。

 あの子はここの医療センターへ連れていく。問題ないな?」

「あ、ああ……」


 担架に乗せられて運ばれる幼い少女を見送りながら、赤髪の若者は不安げな表情を浮かべていた。

 それを片手で制止していた黒髪の少年は、医療班を見送ってから年上の男を促し歩き出す。


「お前はこっちだ……団長が話を聞きたいらしい」

「団長って……まさか機工師団エクスマキナの?」


 機工師団エクスマキナとは独立機工都市アーケンローズを守る錬金術師の集団である。

 その実力は大陸でも屈指と呼び声が高い。その団長なら言わずもがな。


「団長を知ってるのか?」

「もちろん、巨拳のジルコンと言えば20年前の帰還戦争の英雄じゃねーか。

 俺みたいな田舎者でも知ってるぜ」


 子供のように目を輝かせる若者を前に、少年は思わず呆れていた。

 30年ほど前に勃発した帰還戦争は、月に住まう月貴族(アルテミス)が引き起こした大戦である。

 かつて(ラスト)の大発生により引き起こされた(サイバー)崩壊(デストラクション)が旧文明を破壊し尽くしたのを知らぬ者はいない。

 その際、一部の特権階級がこの星を脱出し、月に移り住んでいたのだ。大勢の人間を見殺しにして。

 長い時が経ち、そのことを誰もが忘れてしまった頃、地上を見捨てたはずの彼等が舞い戻り、世界の支配権を主張したのが三十年前のこと。

 当然、各地のコロニーで必死に生きてきた人々は彼らに反発したが、その技術力の差はあまりにも大きすぎた。

 あまりにも一方的な蹂躙に成す術もなく、地上は月貴族(アルテミス)の手に渡ろうとしたのだが……。

 立ち上がった英雄達の活躍により、その目論見は打ち砕かれたのである。


「帰還戦争の英雄か……だったら、あいつを治す方法を知ってるかもな」

「……あの子のことか?」

「あいつ……リンは俺の妹だ。生まれた時から体が弱くてな……それでもあそこまで酷くはなかった。

 俺の故郷は辺境の小さなコロニーだったが、貧しくとも助け合って必死に生きてきたんだ。両親を(ラスト)に殺されても、俺があいつを守るって。

 だけど、最近になって帝国の連中がやってきて……少しは生活も良くなるかと思ったが、結果は散々だった。あいつらは自分の私腹を肥やすことしか考えてねぇ。

 結局、俺が働きに出てる間に、空腹に耐えかねたあいつが錆びの浮いた果物を食って……くそっ、俺が目を離したばっかりに!」


 この時代、それはありふれた()()だった。

 ある程度免疫のある大人ならともかく、子供の体力では錆の進行に耐えられない。

 人間の体すら錆びさせる猛毒が、人外の領域に一歩踏み出しただけで氾濫する世界……それが今の当り前の現実である。


「それでも、お前はあの子を助けるために錆漠(さばく)まで越えたんだ……最後まであきらめず、な」


 ただのスクールバスで出来ることではない。


「へへへ……あんたのお陰だ。そういや礼がまだだったな。俺はステイン。感謝するぜ!」

「……クロムだ」


 クロムと名乗った少年は少しだけ気恥ずかしそうに目を逸らす。

 それからも身の上話を続けるステインを連れながら、街の中央にそびえたつ尖塔、機工師団エクスマキナの本部へと向かうのだった。


  ●


「話は分かった。二人分の難民申請は受け入れよう。

 しかし……薬は貴重品だ。ただの難民には渡せない」

「なんで!!」


 厳つい中年男性の淡々とした言葉に、赤髪の若者は悲痛な叫びを上げる。

 機工師団エクスマキナ本部の団長室、案内されたステインは必死に妹の救命を嘆願していたが、結果はこの通り。

 握った拳を必死に抑え込む彼を横目に、クロムは悪い予感が当たったと嘆息していた。


 錆の進行を抑える薬など、専門の錬金術師が長時間かけて錬成する秘薬である。

 余所者においそれと渡せるものではない。

 それを許せば、それが例え最初は小さな綻びでも、やがてそれはこの街の秩序を崩壊させるだろう。

 そう理屈では理解できるが、折角助けた命が失われるかもしれないのは少年にとっても納得のいくものではなかった。


「しかし、団長……」

「クロムウェル、これは他でもない私の判断だ。口を慎め」

「――ッ」


 団長の言葉は冷淡で、有無を言わせぬ迫力がある。

 それでもステインは引き下がろうとしない。


「なんだよ! ここなら帝国と違ってまともな錬金術師が多いって聞いてたのによ! やっぱり、天下の錬金術師様にとっちゃ俺達一般人の命はどうでもいいってことか!」

「そんなこと……」


 赤髪の若者の鬼気迫る言葉に、クロムの傍らに立つ青髪の少女が何かを言いかけ、団長の視線に制止された。

 やがて、睨み合いの末にジルコンは重々しく口を開く。


「ステイン君、君も錬金術師ではないのか?」

「――な、なんでそれを?!」


 問われて絶句する彼を見やりながら、クロムもまた驚いた表情を隠せない。

 錬金術師は貴重な存在だ。本当にそうならば、薬の確保など容易くはなくとも難しくもないだろう。

 何より、帝国から来た錬金術師と言われれば、色々と疑わざるを得ないのだ。


 現在、この独立機工都市(アーケンローズ)と世界の支配を目論む銀の帝国(グレートシルバニア)は敵対関係にある。

 表立った争いこそ避けているものの、それ故に水面下で行われる諜報戦は激しくなるだろう。

 スパイの一人や二人、送り込んだとしてもおかしくない。


 要するに、ステインが帝国の工作員ではないかと、そう団長は疑っているのだ。


「君が賢者の石の欠片(フラグメント)を隠し持っているのは把握している。それは錬金術の触媒となる、まごうことなき錬金術師の存在証明(アイデンティティ)だ」


 ジルコンの言うことに間違いはない。

 ()()が事態を把握した時点でそのことも伝わっていたのだろう。

 救助に派遣したクロムにまで情報を伏せていたのは、あくまでも警戒されるのを防ぐためか。


 一方、困惑するように頭を抱えながら、ステインは言葉を詰まらせていた。


「お、俺はただの落ちこぼれで……師匠に言われて、何かあればここの団長に頼れって……くそっ、どうなってんだよ!」

「師匠? 君の師匠とは……」

「俺の師匠はシャムロック。白銃のシャムロックだ!」

「……母さん?」


 その言葉に何よりも驚いていたのは、他ならぬ傍で聞いていたクロムだった。


  ●


 白銃のシャムロック。

 帰還戦争の英雄の一人にして、最強最悪と謳われた錬金術師である。

 彼女が参戦したことにより、それまで劣勢だった戦況が大きく覆ったという。

 その力は錬金術の始祖である大錬金術師ヘルメスにも匹敵するとも言われているが、その評価も大袈裟ではないのかもしれない。

 それまで圧倒的だった月貴族(アルテミス)の降下部隊を、殆ど一人で月まで追い返したのだから。


 だが、戦後間もなく、英雄と讃えられた彼女は姿を消した。

 その後、その行方を知る者は誰もいない――。


「師匠が……クロムの母親?」

「あ、ああ……」


 呆けた顔をするステインに、少年はただ戸惑うことしかできない。

 何しろ母親の存在は知っていても、一度も顔を合わせたことがないのだから。


「戦後しばらくして、彼女はふらりとこの街を訪れた。その時、懐に抱えていたのがクロムだ。しかも、その赤子を預けてすぐにいなくなるものだから、結婚したばかりの私は妻にあらぬ疑いをかけられて大変な思いをしたんだぞ。まったく、あいつはいつもいつもいつもいつも面倒事ばかりを押し付けて……」

「と、父さん……」


 普段聞かない団長の愚痴に、娘である青髪の少女が狼狽する。

 義兄であるクロムに目で助けを求めるも、こちらもこちらで頭を抱えていた。


「それで、母さんが師匠ってどういうことなんだ?」

「……ああ、実は3年ほど前に師匠が俺たちのいたコロニーにフラッとやってきてな、井戸を修理したりバスを修理したりして色々世話になったんだ。

 その時、俺は一所懸命頼み込んで、少しだけ錬金術を教えてもらってな。

 賢者の石の欠片(フラグメント)ってのか? その時こいつも貰ったんだが、一週間ほどコロニーに滞在した後、またふらりとどっかに旅に出てしまったんだ」


 ステインは自分のバンダナを指し示す。おそらく、そこに賢者の石の欠片(フラグメント)を隠しているのだろう。不自然な盛り上がりが額の位置にあった。


「それから俺は師匠の残した手帳を()()しながら独学で錬金術を学んだんだが、才能がないのかいかんせんさっぱりでな」

「その手帳とは?」

「……これだ」


 赤髪の若者が懐から取り出したボロボロの手帳を受け取ると、ジルコンは軽く中身を精査する。

 その蛇ののたくったかのような文字列に苦笑し、


「確かに彼女の文字だな。どうやら、君の言ってることは本当のようだ……あいつめ、弟子を寄越すなら事前に連絡くらいすればいいものを」

「だったら……」


 返してもらった手帳を大事そうに懐にしまいながら、ステインは期待に胸を膨らませた。

 少なくともスパイ容疑は晴れたらしい。


「ああ、ひとまず非礼を詫びよう。疑ってすまなかった。

 それから、君さえよければ訓練生として機工師団(うち)に所属してみないか?

 あの錆漠(さばく)を越えてきたんだ、少しは使えるのだろう?」

「……いいのか? 俺、あんなこと言っちまって……」

「かまわんよ。もちろん、入団テストは受けてもらうがな。

 入団後も相応の働きがあれば、妹さんの薬の件も融通しよう」

「本当か!?」


 今度こそステインの顔色が明るいものに変わる。

 藁にもすがる思いで錆漠(さばく)を越えてきたのだ、そこに僅かでも希望を求めて。


「テストの日取りは後日通達する。

 なお、ステイン君の指導はクロム、君とフェルミ班の面々に任せる。

 以上、解散!」

「はっ!」


 簡易的な敬礼をし、そそくさと部屋を出るクロムと青髪の少女、それに続くようにステインも慌てて後を追う。

 残されたジルコンはというと、少しだけ眉根を寄せながら。


「シャム……何を考えている。このタイミングで……となると、やはりアレが狙いか」


 窓から望むアーケンローズの街並みを見下ろしながら、ただ一人、何事かを思案するのだった。


 男ばっかりです。

 つ、次こそはヒロインが出ます。

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