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ラストワールド  作者: しじまゆう
第一章 錆びる世界
15/25

混迷する旅路2

 錆漠を抜けた先、帝国領に入る前に一行は中立コロニー・エンティティへと足を運ぶ。

 中立コロニー・エンティティは帝国領と錆漠(さばく)の狭間にある中規模の都市である。

 表向きの人口は千人程度といわれているが、闇市の商品を求める旅人や行商人、そのおこぼれに群がるならず者が住み着き、実際には三倍以上に膨れ上がっていた。

 何かのスタジアムを改装したらしい街並みは、違法建築に次ぐ違法建築により元の形がわからないほど混沌としたシルエットを浮かび上がらせている。

 昼夜を問わず輝き続ける街頭は、言い伝えにある不夜城を思わせた。


「聞きしに勝る闇鍋みたいな街だな……」

「あまり目立つなよ。中立コロニーとは言え、どこに帝国の目があるかわからない」


 物心付いてから独立機工都市(アーケンローズ)を離れたことがないクロムが物珍しそうに周囲を見回すのを、ステインが小声で制する。

 妹の薬を探すときと、故郷を脱出したときにここを訪れたことがあるという彼は、こういう場所での立ち回りを心得ているらしい。

 さすがに機工師団(エクスマキナ)の制服は目立ちすぎるのでみんな外套を羽織っていたりするが、場所柄帝国のスパイも入り込んでいるらしく慎重に行動するに越したことはなかった。


「アーケンローズの下町も小汚くて雑然としていたけど、ここと比べたら何倍もマシね」

「お姫様の住んでたカグヤシティってそんな綺麗なところなん?」

「掃除ロボットが塵一つ残さず掃除してくれるし、そもそも人が出歩かないからね。あれはあれで生気がなくて不気味だけど」


 月面都市に興味があるのかイオンの説明をフェルミが熱心に聞いている。

 彼女の住んでいた小規模コロニーもここと似たような感じらしく、奇妙な街並みにそれほど驚いたりはしていない。

 ちなみにアルミナとレベッカはバスでお留守番である。


「それで、物資補給の目途はあるのか?」

「前に世話んなった爺さんがいてさ、まだくたばってないならそれなりの対価と引き換えに融通してくれるぜ」


 一行は表向き機工師団(エクスマキナ)として活動するわけにもいかないため、あまり大掛かりな整備もできない。

 必然的に闇市の商人を頼ることになるが、ステインに伝手があるならそれに頼った方がいいだろう。


「それにしても、こんな街がよく帝国に呑み込まれずに中立を保ててるな」

「こんな街だからこそ、なんよ。ここは人も物も多い。帝国なんかに頼らんでも生きてけるからな」

「実際のところ、帝国や独立機工都市(アーケンローズ)から爪弾きにされた連中の溜まり場って感じだからな。

 帝国も何度か併合を試みようとしたらしいけど、市長のマダム・ジャヒーの反発もあって上手くいかなかったらしい」

「そのマダム・ジャヒーってどんな人?」

「さあな、結構やり手って話だけど、あんまり表に出ることはないらしい。

 代わりに彼女の私兵が幅を利かせているが、関わり合いにならない方がいいだろうな」


 さすがのステインでも何度か訪れただけで詳しいことは知らないらしい。

 そんなやり取りをしていると、にわかに通りが騒がしくなる。


「ど、ドロボー!」


 不穏な声に振り向くと、不審な男がパンを小脇に抱えて路地を走り抜けようとしていた。

 ステインが警告する間もなく、クロムの姿が消えたかと思うとそいつを素早く取り押さえる。


「み、見逃してくれ……うちの子がもう三日もなんも食ってねぇんだ!」

「そんなこと言われてもな……」


 取り押さえられている男もかなりやつれているらしく抵抗する力も弱々しい。

 それでも必死に逃げようとする様に、思わずクロムの力が緩む。

 すかさず逃げ出す泥棒を、向かいから来た三人組のうちの大女が片手で捕まえていた。

 まるで子猫でも持ち上げるように軽々と首根っこを掴んだそいつは、騒ぎを聞きつけて駆け付けた街の衛兵に男を引き渡す。

 遅れて辿り着いたパン屋の主人が息を切らせながら礼を述べる。


「あ、あんたたち……助かったよ」

「いや、そっちの坊やが捕まえてくれたおかげさ。ちょっと甘かったみたいだけど」

「…………」


 片目を眼帯で覆った大女の謙遜に、憮然とした態度で返すしかないクロム。

 慌ててステインが執成そうとするも、それよりも早くイオンが不躾に疑問を口にする。


「あの人どうなるの?」

「パン一つとは言え、罪は罪さ。ここじゃ、罪人は地下送りと相場は決まってる」

「地下送り?」

「強制労働施設みたいなもんさ。ま、半年もあれば出てこれるだろうが……それまでにくたばってなきゃ、な」

「パン一つでそんな……」


 比較的恵まれた環境で育ったクロムにとって、それはあまりにも厳しすぎる罰だった。

 それを聞き咎め、大女は目を鋭く光らせる。


「いいかい、他人の食い物を力尽くで奪うってことは、相手に死ねって言ってるのも同然なんだ。

 坊やがどんな甘っちょろい環境で生きてきたか知らないが、あたい等は食うか食われるかの世界で生きてる。

 あんたたちもせいぜい気を付けるんだね」

「…………」


 クロムが何も言い返せずにいると、彼等は肩をすくめ立ち去ろうとし。

 しかし、後ろで見ていたフェルミに足止めされる。


「……なんだい?」

「ウラヌス師匠……まさか、生きてはったん?」

「お前……小龍(シャオロン)か。相変わらずちっちゃいままだが、元気そうで何よりだ!」

「姐さん、お知合いですかい?」


 何やら知り合いらしい二人の感動の対面に、後ろで見ていた若い男がようやく口を挟む。

 どこか飄々とした、得体のしれない男である。

 背中には見たこともない反りのある剣を背負っていた。


「あたいの愛弟子だよ。故郷が月人に滅ぼされたときに生き別れになったが……そうだ、ナトリのやつも元気か?」

「ええ……たぶん。師匠こそよくご無事で……」

「その様子だと何かあったみたいだね。ちょうど行きつけの店に顔を出すところさ、ここじゃなんだし、あんたたちも一緒に来るかい?」


 言われて一同は顔を見合わせる。

 あまり時間もないし目立ちたくない状況ではあるが、フェルミの師匠というなら話くらい聞いてもいいだろう。

 生き別れというなら尚更である。


「決まりだね。ネオン、予約変更頼めるかい?」

「わかった。それで、そっちの人も来るの?」

『!?』


 大女の後ろにいた派手な格好の少女が指差す先には、アルミナの蝶が目立たないように偽装モードで隠れていた。

 それを軽々と見破ったのだ、おそらく彼女もただものではない。

 一瞬だけ張り詰めた空気になるのを、イオンが慌てて執成そうとしていた。


「この子は残念だけどお留守番よ。お店って食べ物屋さんかしら?

 持ち帰りもあるとうれしいんだけど……」

「ああ、あたい等の行きつけの鉄鍋料理は絶品だよ、もちろん持ち帰りもできる。

 それじゃ、行くか!」


 何事もなかったように歩き出す三人組に続き、フェルミ班の面々も困惑しながら後に続く。

 不夜城エンティティの長い一日は、まだまだ始まったばかりだった。


  ●


 エンティティの裏路地にあるこじんまりとした料理店に案内された一行は、改めてウランと名乗った大女の言葉通り絶品の鉄鍋料理を堪能していた。

 店がボロっちいことを除けば、独立機工都市(アーケンローズ)の高級店にも引けを取らないかもしれない。

 その間、フェルミが軽く身の上話をしていたが、肝心なところ……特にイオンの正体と一行の目的については伏せている。

 さすがに師弟関係といえどすべてを話すほど信用できる相手でもない。


「しかしここの料理はうめーな」

「だろ? ここは物も人も集まるから、出すもん出しゃ何だって手に入る」


 当然、その中には帝国や独立機工都市(アーケンローズ)では違法なものもあるのだろう。

 ウランの言い方に含みはあるが、外の世界には外の世界のルールがある。

 それを安易に咎められるほどクロムたちも子供ではない。


「変なの入ってないよな?」

「だったらあたしが手を付けないわよ。

 うーん、このエビチリおいちー♡」

「大丈夫、錬丹術の応用みたいな薬学技術(カンポー)は使われとるみたいやけど……お師匠はん、ここの店主ってもしかして?」

「昔、うちのコロニーを追われた只の料理人さ。

 あそこは元からかなり閉鎖的だったし、月人が来なくても遅かれ早かれこうなっていたのかもね」


 帰還戦争の折に月貴族(アルテミス)の襲撃を受けて壊滅したコロニーであるが、その当時さえ百人を下回る勢いで人口減少が続いていた。

 そんな中、幼いフェルミやナトリに知識と技術を叩き込んだ師匠たちは、もしも二人が外の世界に出ることがあっても生きていけるだけの術を教えてくれたのだと今更ながらに思う。

 それを理解できるようになったのが、故郷を失ってからだというのは皮肉なのかもしれない。


「しっかし、あの泣き虫の小龍(シャオロン)が今では機工師団(エクスマキナ)のエリート様か」

「む、昔の事はかんにんな。お師匠はんこそ、生きてはったんなら連絡くらい寄越せばええのに」

「すまんすまん、色々あってこいつらとつるむようになってな……」

「今何してはるん?」

「まあ、色々な……」


 言葉を濁すウランであるが、隠し事をしてるのはこちらも同じである。

 お互い腹の探り合いは程々にするのが賢明な判断だろう。


「しかし、独立機工都市(アーケンローズ)が月人の手に落ちたってのは本当かい?」

「ああ、連中は本気で帰還戦争の再現をするつもりだ。団長もその時に僕達を庇って……」

「あの巨拳のジルコンが簡単にくたばるとは思えないが……参ったね。

 それで、あんたらは帝国に逃げる最中かい?」


 探るような目つき。しかし、イオンは平静を装い。


「元々要人護衛で街を出る直前だったの。あ、あたしの事なんだけど。ちょっと訳ありでね」

「どこぞのお貴族様ってわけでもなさそうだけど……ふん、気に入らないね」


 まあ、こんな非常事態に呑気に旅をしていれば疑いたくもなる。

 それでもそれ以上は踏み込んでこようとはしなかった。あるいはイオンが神通力で意識を無理矢理逸らしたか。

 まあ本当のことを言っても信じてもらえるか定かではない。


「ごめんね、用が済んだら事情を説明できると思うから」

「わかったわかった、可愛い弟子の顔に免じてこれ以上は聞かないさ。

 で、あんたらはこれから帝国に向かうのかい?」

「そうなるな」

「気をつけな、あっちはあっちで何かヤバイもん掘り当てたって話だ。

 それでちょっと帝国軍もピリピリしててね」


 どうもタイミングが悪かったらしく、帝国軍の警戒が強まっているという。

 帝国領に潜入しようとする一行にとって、かなり悪い知らせかもしれない。


「その発掘品って旧時代の何か?」

「それがでっかい巨人だって……いや、聞いた噂なんスけどね」

「ジンクス、余計なこと言うんじゃないよ!」


 今まで黙って話を聞いていた若い男が口を挟む。

 途端にウランがジンクスと呼ばれた人物を叱り付けていた。

 だが、それを聞いたイオンの顔色が途端に青ざめる。


「まさか、錬装機神トリスメギストス……それを帝国が発掘した?」

「知ってるのかイオン?」

「ヘルメスの遺産の一つ……神装機兵(アルコーン)の元になった遺失技術(オーパーツ)の塊よ。

 その力は神装機兵(アルコーン)なんかの比じゃない。下手をすれば世界の勢力図が塗り替わるわ。

 ……動かせればの話だけど」

「ずいぶん詳しいねぇ……お嬢ちゃん何者だい?」


 さすがに不信感を抱いたのか、ウランが改めてイオンに剣呑な視線を送る。

 まさか先代とは言え月の巫女姫がこんな所にいるとは思わないだろう。

 しかし彼女を問いただそうとするより早く。


『兄さん、気を付けて。この店囲まれてる』

「姐さん、マダム・ジャヒーの手下がこっちに来るみたい」

「……やれやれ、仕方ないね。今日のところはお開きだよ。

 あんたたちも面倒事に巻き込まれたくなければとっとと逃げな」


 急な展開についていけないクロムたちを尻目に、三人組はそそくさと脱出の手筈を整える。

 ジンクスが背中の刀を抜くと、店の入り口とは反対側の壁に綺麗な穴が開いていた。

 あまりの早業に目が追い付いた者がどれだけいるか。


「ネオン、退路は確保できてるかい?」

「……問題なし。おじいちゃんも出港準備をして待ってる」

「それじゃ、またね」


 事情を聴く暇もなく三人組は空いた穴から姿を消していた。

 そうこうする間にもガラの悪い連中が店に突入してくる。

 ただのごろつきやならず者と違って動きが統率されているが、この街の衛兵というわけではないだろう。

 どちらかというと歴戦の傭兵のような雰囲気だった。


「ウラン怪賊団の目撃情報があったから来てみれば……見慣れない連中だな。

 お前らは何者だ? ……帝国とも違うようだが」

「こいつらマダム・ジャヒーの私兵だ」


 禿げ頭の大男が一同を値踏みするように見下ろしている。

 ステインが警戒を促すが、関わらない方がいいと言われても相手から絡んできたら話は別だった。

 正体を明かして切り抜けるべきか。それでも安全が保障されるとは限らない。

 逃げようにも土地勘のない街では相手に分があるだろう。


『兄さん、ごめん。こっちも囲まれたみたい』

「……なるべく抵抗するな。特にレベッカ」

「ふむ、やはり街の外にいる連中もお仲間か。念のため見張りを付けておいたが……お前ら本当に何者だ?」


 改めて問いただす大男に、班長のフェルミが進み出る。


「機工師団エクスマキナ、特別遊撃部隊フェルミ班のフェルミです。

 事情は話せまへんけど特殊任務のために移動中、こちらの街には補給のために立ち寄りました。

 出来れば見逃してもらえると助かるんやけど……」

機工師団(エクスマキナ)? なるほど、ただものじゃないとは思ったがジルコンのところの。

 こちらはマダム・ジャヒーの配下、傭兵部隊鉄虎団の隊長マルシェ。

 悪いがあんたたちを連行させてもらう……できれば抵抗しないでほしいが」


 マルシェは穏便に事を進めようとしているが、有無を言わせぬ威圧感があった。

 力ずくで抵抗すれば逃げられるかもしれないが、バスも押さえられているとなると逃げても何もできなくなるだろう。


「……わかりました、そちらの申し出に従いましょう」

「ご協力助かる」


 いざとなれば(ワールド)星術(エンジニアリング)で街ごと消し去る覚悟をしていたクロムだが、フェルミが降参したことで警戒を解く。

 懐に入れていた何もない手を下におろす。


「隊長、拘束しますか?」

「必要ない。あくまで客人として扱え。非礼の無いようにな。

 それでは()()()、ご同行をお願いします」


 クロムとステイン、フェルミが連行されるのを見送りながら、イオンは冷や汗をぬぐっていた。

 手にはいつの間にか錬星盤(エメラルドタブレット)が握られている。

 神通力による認識の遮断だが、本気で警戒してる相手には通用しにくい。

 あくまで意識を逸らすだけで見えなくなるわけではないのだ。その辺はアルミナの偽装と根本的に違う。

 だったら二人の力を合わせれば?

 その結果がこれである。正直上手くいくかは賭けだったが、やってみる価値はあった。


『ごめん、これ以上は無理みたい。兄さんをよろしく』

「わかってるって、お姉さんに任せなさい」


 強がって見せるが、事態は思ったよりも深刻である。

 それでも今度は自分がクロムたちを助けるのだ。

 その固い決意を胸に、イオンは不夜城エンティティの深い闇に溶けていくのだった。


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