終わりの襲来3
イオンの前に現れた月の巫女姫エンディル。
彼女の正体を聞き衝撃を受けるクロムだったが、事態を打開するため錬星盤を起動させる。
自律機械に空いた大穴の向こうでクロムが悠然と佇む。
爆発を起こしながら崩れ落ちる多脚戦車型の自律機械だったが、残る二機も構わず攻撃を続けていた。
銃座から発射されたレーザーが追ってくるが、それは誰もいない地面や虚空を薙ぐのみ。
「再充填まで10秒は必要か……」
充填時間によって威力が変わるレールガンだが、携行用に小型化しているため充填速度も遅い。
それでも巨大なものより負担が少ないだけましと、次々と繰り出される攻撃を躱しながら時間を稼いでいく。
レーザーだけでは頼りないと感じたのか、二機の自律機械は小型ミサイルを撃つため射出口を開いていた。
「――そこ!」
充填は不十分だが、わざわざ弱点を曝け出してくれたなら話は別だ。すかさずそこにレールガンを撃ち込んでいく。
射出される寸前の小型ミサイルもろとも爆散する自律機械であるが、その間にももう一機の放った小型ミサイルが雨のように降り注いでいた。
「きゃっ!」
「ちっ……」
流れ弾に巻き込まれたのか、イオンの悲鳴が聞こえる。
怪我は大したことなさそうだが、爆風で展望台から投げ出されそうになっていた。
慌てて助けようとするも、最後に残った自律機械がその前に立ち塞がる。
再充填までまだ5秒。学習したのか残弾が無いのかはわからないが、先程のように安易に弱点を曝け出してもくれないだろう。
ならば代償を払ってでもこの場を切り抜けるしかない。
「この……どけえぇぇぇぇぇッ!」
体が錆び付くのも構わず無理矢理充填を済ませると、敵の真下に潜り込みつつ至近距離からレールガンをぶっ放す。
すかさず爆発に巻き込まれないよう駆け抜けると、大穴を穿たれた自律機械が背後で爆散していた。
それを尻目にイオンに手を伸ばすクロムだったが、どうやっても間に合いそうにない。
それでも構わず展望台から飛び出すと、空中で彼女の体を受け止める。
「クロム!」
「無事か!?」
展望台から落下しながら、彼女の安否を確かめる。
どうやら何ともないらしい。
ちらりと振り返ると、こちらを苦々しく見下ろすエンディルの顔が見えた。
後々禍根を残すことになりそうだが、今は致し方ない。
「でも、このままじゃ……」
「クロ君!」
眼下の声にそちらを見ると、見覚えのあるスクールバスが走ってるのが見えた。
屋根の上にはフェルミの姿がある。どうやら髪の毛で受け止めるつもりらしい。
だが、落下地点まではまだ遠かった。
「間に合ってくれよ!」
ステインが全力でアクセルを踏み込んでいる。
旧時代の内燃機関には及ばないものの、錬成機関を最新式の物に換装されたバスが立ち塞がる自律機械を避け、あるいは轢き飛ばしながら全力疾走していた。
やがて二人が地面に激突するより早く、フェルミの展開した竜の髭が二人を絡め取る。
「先輩、助かります!」
「ええんよ、それより……このまま突っ切ってな!」
「了解!」
ステインがアクセルを緩めることなくバスを走らせる。
このまま街の外へと向かうつもりだろう。
「……ふん、逃げられると思って?」
それを展望台から眺めていたエンディルが、すかさず数体の神装機兵に命じて彼等を追わせていた。
天使の姿をした巨大兵器がそれに従う。
そこに、フードを被った人物が何の気配もなく姿を現していた。
顔は隠れて見えないが、背格好はそれほど大きくはない。
「あら、遅いお出ましね。折角いいところだったのに……まあいいわ。
あなたにも仕事してもらうけど……いいわね?」
「…………」
フードの人物は無言で頷くと、何の躊躇もなく展望台から飛び降りる。
そのまま付近のビルの屋上に音もなく降り立つと、逃げたスクールバスの追跡を始めるのだった。
●
スクールバスの車内、凄まじく揺れる環境に構うことなくアルミナが周囲を探索しながら指示を出す。
「この先の交差点を右に……まっすぐ行って、突き当りを左です」
「あいよ!」
敵の少ないルートを選んでいるらしいが、それでも自律機械は数に物を言わせて追ってくる。
さらに上空には神装機兵の姿も見えた。
自律機械はどうにでもなるが、飛行能力を持った巨大兵器は厄介である。
「この辺はビルがあるからまだええけど、この先は田園地帯やで。何か策でもあるん?」
「この先に外縁まで続くトンネルがあります。そこに逃げ込めれば……」
全身をオムニ合金製の装甲に覆われた神装機兵とまともにやり合うのは自殺行為である。
一応、なんとかできそうな面子もいるにはいるが、クロムは無理に力を引き出した代償でこれ以上無茶はさせられないし、ステインは運転に集中しているためそんな余裕はない。
フェルミの浸透勁も防御を無視できるとは言え、装甲が分厚くなればなるほど技術を要し効きにくくなる。
レベッカに至っては本気でやらせると街に被害が及びかねないため論外だった。
結果として迂回路を選択するのが無難であるが、もちろん相手もそれくらいは想定しているだろう。
「そもそも、あの女は何者ですの?」
「十三代目月の巫女姫エンディル……僕の……双子の妹らしい」
「クロ君の? まさか……」
さすがのフェルミも動揺を隠せない。
一番困惑してそうなアルミナが落ち着いてるのをちらりと横目で見やり、班長として何とか取り繕う。
それが事実なら白銃のシャムロックが把握していないはずがない。
その思考の先に浮かぶ最悪の可能性も否定できなかった。
「あの子はこうも言ってた。月の賢老院には早々に退場してもらったって。
だとしたら、今、月貴族の実権を握ってるのはエンディルってことになる」
「あーもう、わけが分かりませんわ!」
最初に音を上げたのはレベッカである。
状況の変化が目まぐるしすぎて理解が追い付かないらしい。
「月の巫女姫は賢老院に手出しできないようになってるんだよな?」
「そうよ、でなきゃあたしがとっくにやってるっての」
イオンの反応を見る限り相当毛嫌いしているらしい。
それもそうだろう、さんざん実験に利用された挙句、生き残ってもお飾りときたら殺されても文句は言えない。
当然相手もそれくらいは想定してるらしく、何らかの対策を講じているのだろう。
「ま、まあ、本当ならうちら地上人にとっては厄介事が一つ減ったようなもんやし……」
「それ以上の災厄が降り注ぎそうなのが問題かな……」
エンディルが味方ならともかく、地上人を蛮族と見なして排除する意向を示している以上、おいそれと喜べない状況である。
せめて世界を救う手段を先に確保しておかないと、交渉すらままならないだろう。
外には銀の帝国という懸念材料もある。
これからの道のりはあまりにも険しい。
「見えてきたぞ」
ステインの声に目をやると、外縁に続くトンネルの入り口が見えた。
案の定、自律機械の集団と一体の神装機兵が待ち構えている。背後からも神装機兵の影がちらついていた。
ここを突破しない限り、一行に未来はないだろう。
「……やるか」
「でも、兄さんは……」
無理矢理力を振り絞った反動で左肘のあたりまで錆に覆われた義兄の姿を見、アルミナが不安そうな表情を浮かべる。
それを振り切りながら、クロムは戦場へと飛び出すのだった。
●
神装機兵は先の大戦でも人類を苦しめた月貴族の兵器である。
重力制御装置による飛行能力はもちろん、各種様々な先進兵装により地上を錆ごと焼き払ってきた。
それに加えて全身がオムニ合金で覆われており、生半可な攻撃は通用しない。
大勢の錬金術師を葬ってきた悪魔の兵器が、今、彼等の目の前で待ち構えている。
「相手は空飛んどるさかい、遠距離攻撃の出来るクロ君が鍵やな。
それで、どれくらいかかんの?」
「充填まで30秒……多分それでいけます」
「なら決まりだな、それまで俺達が時間を稼ぐ。クロムとバスを守るんだ!」
30秒は短いようで圧倒的火力を持つ敵を相手にするには命懸けであった。
特にこの面子は攻撃に特化しすぎていて防御性能が低すぎる。
アルミナが唯一結界のようなものを使えるが、神装機兵相手には心許無い。
「とにかく雑魚は全部わたくしが蹴散らしますわ! クロム様もバスも傷付けさせません!」
「だからって遠慮なく爆破しなくても……」
レベッカがバスの屋根から無差別に爆弾を投げまくる。
アルミナは自律機械からの攻撃よりも、彼女の生み出す爆風から自分の乗るバスを守るので精一杯だった。
とはいえ中には多脚戦車型の自律機械も混じっている。こちらは爆弾だけで倒せそうにない。
「任せな!」
ステインが多脚戦車型の分厚い装甲を捻じ曲げ、空いた隙間からバールを突っ込み制御装置を破壊する。
フェルミも同様に多脚戦車型を倒していくが、何せ数が多い。
さらに神装機兵の攻撃も混ざるともはや対応もままならなかった。
「来るぞ!」
自律機械のものとは比べられないほど強力なレーザーが、仲間であるはずの自律機械ごと地面を薙ぎ払う。
それがバスに直撃するより早く。
直前に飛び込んできたステインが、素手でレーザーを受け止めていた。
「へへ……させねえよ!」
「レーザーを……曲げたぁ!?」
彼の手に触れた瞬間、レーザーの軌道が捻じ曲がる。
物理法則がどうとか今さら過ぎる気もするが、こればっかりは意味が解らないし目の前の現象を理解も納得もできない。
捻じ曲げられたレーザーが周囲に散乱し爆発を巻き起こす。
その有り得ない光景を目の当たりにして、神装機兵が混乱したように動きを止めた。
「今だ!」
「……射貫け、ミストルティン!」
すかさずクロムが放った弾体が神装機兵の胴体を穿つと、どこか重要な機関にでも当たったのか、小規模な爆発を引き起こしながら墜落していく。
やがて火花を散らし動かなくなった神装機兵を眺めながら、一同は安堵のため息を漏らしていた。
――とはいかない。
「いやいやいやいや……何なのアレ?」
「性格がねじ曲がってるとは思たけど、ちょっと理解できんわ」
「非常識すぎますわね……」
「いや、なんでだよ!?」
女性陣から白い目を向けられて、さすがのステインも不服そうである。
とはいえそんな悠長な話をしている場合でもない。
「来たな」
突如目の前のビルが溶断され、ゆっくりと崩れ落ちていた。
やがて土煙の向こうから三体の神装機兵が悠然と姿を現す。
どうやら先頭の一体が、腕に備え付けられたレーザーブレードでビルを切り倒したらしい。
さすがに分が悪いか、と思いつつも、わざわざ土煙を上げてくれたので視界が悪い。逃げるなら今のうちだろう。
「急げ!」
そうと決まれば即断決行、全員がバスに飛び乗ったのを確認すると、ステインはアクセル全開、トンネルの入り口に向かってバスを走らせる。
だが、動きの速い神装機兵がいち早く回り込んでいた。
こちらの動きが完全に読まれている。
そのまま虫でも踏み潰すように脚部を振り下ろす神装機兵だったが、その寸前、飛び出してきた人影が敵の巨体を吹き飛ばしていた。
生身で神装機兵を圧倒できる、そんな人物などここには一人くらいしかいない。
「団長!」
2m近い巨躯の中年男性の頼もしい後姿を見て、誰ともなく声を上げる。
機工師団エクスマキナの団長ジルコンはステインに先に行けと目配せすると、ここは通さんとばかりに神装機兵と対峙していた。
「たとえこの身が砕け散ろうと、この意志は決して砕けぬ」
ジルコンの起動音節に応えるように、空中に一対の巨大な腕が生み出される。
黒拳と呼ばれる右腕と、白拳と呼ばれる左腕。二つ一組の巨拳の称号の由来となった武器であった。
それはジルコンの動きに連動するように拳を突き出すと、目の前の神装機兵を軽々と殴り飛ばす。
吹き飛ばされた巨体がビルに叩き付けられると、そのまま火花を散らし動かなくなっていた。
「父さん……」
疾駆するバスの車内で、アルミナは心配そうに事の成り行きを眺めていた。
飛び交う蝶が車内にも映像を映し出している。
団長が負ける姿は想像できないが、やはり皆不安なのだろう。
誰もが言葉も少なく事の成り行きを見守っていた。
「さあ、来い!」
レーザーブレードで切り付けてくる神装機兵の攻撃を片腕で受け止め、もう片腕で足を掴む。
そのまま大きく振り回すと、勢いよく地面に叩き付け追い打ちとばかりに拳で叩き潰していた。
残った神装機兵も、極太のレーザーを斉射し抵抗しようとしていたが、それをかいくぐり一瞬で肉薄すると怒涛のラッシュ攻撃でバラバラに粉砕する。
激しい戦いの末、立っているのはジルコンだけ。それはまさしく帰還戦争を勝ち抜いた英雄の姿に相応しい。
だが――。
「なっ!?」
どこから飛んできたのか。
一条の光線がジルコンの胸を貫く。
その視線の先、フードを被った人物の姿を見咎め。
「まさか、お前は……ッ」
信じられないものを見たといった様子のまま、ジルコンの体は崩れ落ちる。
それでも最後の力を振り絞り、巨拳でトンネルの入り口を崩落させていた。
彼が意識を手放したと同時に巨拳も塵に変わる。
そこで映像は乱れ、通信が途絶えていた。
「父さん……父さ、いやああぁぁああぁぁっ!」
「アルミナ……」
肉親が倒れるさまを見せ付けられた少女が取り乱すのを、クロムは黙って見守ることしかできない。
独特のフォルムの白いレーザーガン。フードの人物の持っていた得物に心当たりがありすぎる。
「おい、いったい何が起こったんだよ!」
運転中で事態を把握できていないステインだけが何もわからず困惑していた。
バスの錬成機関が発する音が虚しく響く。
彼等の長い旅は、誰にも見送られることなく、こうして幕を開けたのであった――。
アーケンローズ編完。
銀の帝国編へつづく。




