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ラストワールド  作者: しじまゆう
第一章 錆びる世界
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終わりの襲来2

 月貴族の急襲にフェルミ班は合流のため地下駐車場を目指す。

 一方、イオンは……。

 月貴族(アルテミス)の襲来をその千里眼によって事前に察知していたイオンであるが、思ったより早いタイミングに困惑していた。

 明らかに先手先手を取られている。

 しかし元とは言え月の巫女姫である彼女を出し抜けるのは考えうる限り一人しかいない。


「まさか……」


 最悪のパターンを想定して行動するも、それすら読まれている。

 展開する自律機械(オートマトン)の大半は、イオンを追い詰めるためだけに使われているらしい。

 神通力による認識阻害のような誤魔化しもタネが割れていればあまり通用しないのが面倒なところだった。


「こういう陰湿なやり方をするのは……まあ、あいつしかいないんだけど」


 いずれにせよ、早くフェルミ班の面子と合流しないと身が危ういだろう。

 だが、ただでさえ体が縮んでるので移動すらままならない。

 小さい分、見つかりにくいのはメリットではあるが……。


「そうか、何も馬鹿正直に道を進まなくてもいいのか……あたしったら冴えてるじゃん」


 そうと決まれば隠れていた部屋の隅々を見渡し、通風孔を見つけ出す。

 高い所にあるが、周囲の棚をたどればなんとかなるだろう。


「よっと、こういうことやるの子供の頃以来かも……なんて感慨に耽ってる時間はないわね」


 今は追われる身である。

 イオンはなるべく音を立てないように通風孔内部を這い回ると、自律機械(オートマトン)を避けながら地下駐車場を目指す。

 埃やオイルで折角の洋服が汚れるが仕方ない。


「一気に下まで行けるダストシュートみたいなのがあればいいんだけど……そう都合よくはいかないか。

 せめてこちらの位置をあの子たちに伝えられればいいんだけど……」


 かといって派手にやりすぎると先に自律機械(オートマトン)に見付かってしまう。

 味方にだけ解るようにしないといけないという、何とも面倒な匙加減が必要だった。


「そんなことやってる暇があるなら先に進んだ方がましかな? ……お」

『……あ、繋がった。イオンさん、私達は地下駐車場に到着してます。あとは兄さんとあなただけですが……』


 そんなことを言ってる矢先にアルミナの蝶が通信を繋いでいた。

 幸いというべきだろうか。しかしこのタイミングで繋がるというのも都合がよすぎる。

 イオンはしばし考え、


「クロムとの通信は?」

『最初に行き先を指示した後は連絡が取れません』

「……うん、わかった。あたしは第四区画の十五番資料室に隠れてるから、クロムと連絡が付いたら知らせて」

『…………わかりました。そのように……伝え……ます』


 再びノイズが通信を遮断する。

 これで上手く釣れるといいが……と彼女は隠れていた()()()()()から外の様子を確認すると、再び通風孔の中に戻っていった。

 当然今のはブラフである。自分が今いる場所は通信が繋がった時点でアルミナは把握してるはずだ。だから、あえて嘘の情報を流しておいた。

 あとは彼女達がこちらの意図に気付いてくれることを祈るばかり。


「さて、そうなると予定変更、こっちの通風孔はここに繋がってたから……よし」


 再び狭い通風孔を這い回る。

 作戦が上手くいくかどうかは、相手の出方にかかっていた。


  ●


 通風孔から這い出したイオンは、周囲に誰もいないのを確認し走り出す。

 しかし、それを見越したように自律機械(オートマトン)が立ち塞がっていた。

 連中に追われるように逃げ出した彼女は、やがて見晴らしのいい展望台に追い詰められる。


「……はぁ、はぁ。ここまでかな?」


 観念したように肩をすくめて見せると、追い込んでいた自律機械(オートマトン)の集団が左右に割れ、出来た道を悠然と一人の少女が進み出る。

 黒髪黒目、衣服も黒いイブニングドレス。年の頃は15位だろうか。

 少しだけ不吉な予感をさせる少女は、そのまま一人でイオンの前に歩み出てきた。


「あらあら、ごきげんよう。お姉様とこんなところで出会うなんて奇遇ですわね。

 それにしても、ずいぶんみすぼらしい格好だこと」

「エンディル、わざわざあんたが地上まで降りてくるなんてね……月の巫女姫ってそんなに暇じゃなかった気がするけど」


 第一声から嫌味の応酬である。

 両者とも月貴族(アルテミス)らしくプライドが高いらしい。

 ちなみに月の巫女姫の候補生はお互いを姉妹と呼んでいるが、彼女の言葉からは敬意らしきものは感じ取れなかった。


「これは賢老院も承認した事項です。お姉様こそこんなところにいるなんて……まあ蛮族と一緒にいるのがお似合いかもしれませんわね」

「ふん、賢老院(ジジイたち)の命令ってこと? あたし一人を連れ戻すには随分と大袈裟な出迎えだけど」


 月の巫女姫みずから地上に降りてくるとすれば、ただの観光などではあるまい。

 もちろん、イオンを連れ戻すためでもないだろう。

 だが、本気で地上を攻め落とそうとしてるなら話は変わってくる。


「帰還戦争の再現でもする気なの?」

「まさか……あんな失敗、私が繰り返すとお思い?

 私は今度こそ地上から蛮族と(ラスト)を一掃し、楽園を築き上げるの」

「ふーん、あんたがねぇ……賢老院も含めた他人のために()()になるタイプには見えないけど」

「お姉様こそ、蛮族と手を取り合って世界を救うおつもり?

 エリクシェル様を死なせた連中のために命を懸ける覚悟はあるのかしら?」


 二人の視線がぶつかり合う。

 当時の月の巫女姫エリクシェルが殺された事件の真相は当事者しか知らないはずである。

 賢老院にでも都合のいいことを吹き込まれたか……いずれにせよここで言い争っていても仕方ない。


「そもそも、鍵はどうするの? 月の巫女姫だけじゃ世界は救えないのに……」

「ふふっ、ご心配なく。ヘルメスの系譜なら確保できる算段があるわ……さて、あまり話しすぎて邪魔されるのもなんだし、そろそろお姉様にはご退場いただこうかしら」


 エンディルの合図とともに自律機械(オートマトン)の銃口が一斉に向けられる。

 たとえ不死身だとしても、光学兵器で焼き続けられれば再生すらままならない。


「読み合いでは私の勝ちのようね。最後に言い残すことはないかしら?」

「……それはどうかな?」


 イオンはあくまでも余裕で応じる。

 それを負け惜しみと受け取ったのか、指示された自律機械(オートマトン)が同時に光線を撃ち出す。

 しかし、飛来した光の帯が触れる寸前、どこからともなく舞い降りた黒い影が彼女を抱え飛び退いていた。


 その影は少女を抱えながらも軽々とステップを踏み、華麗に攻撃を避けつつ自律機械(オートマトン)を次々と銃弾で撃ち抜いていく。

 やがて十数体の自律機械(オートマトン)があっという間に物言わぬ鉄屑と化していた。


「……無事か?」

「クロム! メッセージに気付いてくれたんだ!」


 わずかに左半身を庇うような素振りを見せながら、それでも平然と少年は言い放つ。

 感極まるイオンを他所に、エンディルはそれでも余裕そうに対峙していた。


「あなたがクロムウェル?

 ……なるほど、英雄の息子を誑かすなんて、よっぽど下品な手でも使ったのかしら?」

「……あんたは?」

「これはこれは……お初にお目にかかります。

 十三代目月の巫女姫エンディルと申しますわ……以後、お見知りおきを」


 スカートを摘んで優雅にお辞儀をして見せる黒い少女。対する黒い少年は眉根を動かさず銃口を向ける。

 それを平然と受け止めながら。


「それは脅しのつもりかしら? 実弾程度では意味がないってご存じでしょう?」

「…………」

「まあ、それでも双子の妹に銃口を向けるのは紳士として感心しませんけど……」

「!?」


 彼女の口から洩れた言葉に、さすがにクロムも驚きを隠せない。

 確かに見た目も年頃も似ていると言われれば似ている……だが、よりによって双子の兄妹とは。

 これがハッタリでないなら、一体全体何がどうなってこんなことになっているのか。

 そんな困惑を見透かしながら、少女はあくまでも余裕の笑みを崩さないのであった。


  ●


 月の巫女姫エンディルが双子の妹だと聞かされて、さすがのクロムも耳を疑う。

 隣にいるイオンに視線を送ると、彼女からも困惑の気配が伝わってきた。

 どうやら彼女にとっても想定外の情報らしい。


 何よりもしそれが事実なら、白銃のシャムロックが月の賢老院と何らかの取引をしたということになる。

 それは最悪の展開を想起させるには十分だった。


「そっか、そういうことか……賢老院(ジジイたち)が何か企んでいたのは気付いていたけど……よりによってあんたが白銃のシャムロックの娘だったなんて」

「今頃気付いても遅いかしら?

 さあお兄様、その泥棒猫に何を吹き込まれたかわかりませんが、貴方の傍に立つべきは私ですわ。

 私と一緒に世界を作り直しましょう」


 甘い甘いささやき。

 神通力を乗せた言葉がクロムの脳に浸透する。

 慌ててイオンが対抗するも、相手の方が力が強い。


「クロム、こいつの言葉に惑わされちゃダメ! こいつの目的は世界を破壊して自分の都合のいいように作り直そうとしてるの!」

「あらあら、お姉様だって地上の蛮族を見下していたじゃありませんか。

 それともたった一週間程度で蛮族の仲間になったつもり?」

「あたしは自分の目で見て実際に触れてみて、地上の生活も悪くないなって思ったの。

 ここの人達はどんなに過酷な環境でも助け合って生きてる。その人達のためなら、自分の命を懸けてもいいって……」


 傍から見れば何が起こってるのかはわからない。

 しかし、エンディルの力が上回っているのは窺い知れた。

 彼女が涼しい顔をしているのに対して、イオンは必死に抗っている。


「たとえ地上を手に入れても、月貴族(アルテミス)に先はないわよ。

 自分達の利益しか考えられない連中は、いずれ子供や孫すら生贄に差し出す。月の巫女姫の候補生(あたしたち)みたいに……」

「それを私の代で終わらせるの。私は未来に負債を背負わせたりしない。

 さあお兄様、私と共に来るのです。蛮族も月貴族(アルテミス)も一掃して、私達が新世界の王となりましょう」

「な……あんたそれ本気なの!?」


 エンディルの言葉に偽りはない。

 本気で世界を終わらせるつもりだろう。

 しかしそれは未来そのものを喪失()くしてしまうことと同じである。

 そんなことをさせるわけにはいかない。


「そんなことしたら、賢老院(ジジイたち)だって黙ってないわよ!」

「でしょうね。だからあの人達には一足先にご退場いただいたわ。

 私の作る新しい世界に、旧時代の生き残りなんて必要ないもの」

「な、あんたまさか……」


 さすがのイオンも驚きを隠せなかった。

 何より月の巫女姫には賢老院に手出しできないような仕掛けが施されている。

 いくら彼女が優秀でも、それを破れるとはとても思えない。


「いったいどうやって……いえ、今はそんなこと気にしてる余裕はないわね。

 お願いクロム、あの子の言葉に耳を貸さないで!」

「……ッ」

「無駄よ、貴女の力では私には勝てないわ。

 お兄様も何故抵抗するの? 私達は世界を作り直す、そのために二人で一つの鍵として生まれたの。

 さあ、一緒に新世界の創造主となりましょう」


 エンディルの放つ重圧が一層強靭になる。

 もはやイオンであっても抵抗すれば廃人化は免れない。

 神通力のないクロムには為す術もないだろう。

 だが、それでも彼は何とか踏み止まっていた。それがどれだけ強靭な意志で支えられての事か、二人にはよくわかる。


「な、なぜ私の力が通用しないの……」

「僕は……僕がやるべきことは、もう決まってる。それを邪魔するなら、いくら双子の妹だとしても……」

「クロム!」


 イオンが警告を発するより早く、クロムが身を翻す。

 今までいた場所を、多脚戦車型の自律機械(オートマトン)が踏み潰していた。

 さらにもう二機、大型の自律機械(オートマトン)が退路を塞ぐように迫り来る。


「ふふ……私の思い通りにならないのなら、力尽くでも分からせてあげるわ」

「ちっ、面倒な……」


 オムニ合金製の装甲は簡単には貫けない。

 それはクロムの銃も同じである。

 しかし、今ここで手をこまねいている場合ではなかった。


「もってくれよ……」


 懐から錬星盤(エメラルドタブレット)を取り出しながら、意識を深層に集中させる。

 一度成功させているからか、それは簡単に反応が返ってきた。


「たとえこの身が燃え尽きよ(ファイナル)うと、この砲弾は月をも穿つ(イグニッション)


 鉄屑と化していた自律機械(オートマトン)を分解・再構築し、その手に大型の火器が形成される。

 それが電光を纏いながら口を開くと、二本のレールを備えた銃器が姿を現していた。

 小型の電磁投射装置……いわゆる携行型のレールガンである。

 この前再生したマスドライバーの技術を応用して無理矢理小型化したものであるが、これでも目の前の敵を相手にするには十分だろう。


「付け焼刃だが……唸れ、ミストルティン!」


 限界まで加速された弾体がレールガンから射出される。

 それが多脚戦車型の自律機械(オートマトン)に突き刺さると、オムニ合金製の装甲すらも貫き大穴を穿っていた。


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